The 109th big machine club
2011.11.12-13 第109回でっかいもん倶楽部 in 大郷戸 ―煙か酒か食い物(前編)―
俺の名は、かみ。 ゴッドじゃなくて、ペーパーだ。『紙のように薄っぺらな人間』と言う意味がこめられてる。 モータサイクル(自動二輪車)に乗ってあちこち走り回り、その話をレポートするフリーのジャーナリストだ。もっとも、そんなレポじゃ当然喰えないから、副業で治療家もやっている。と言うより、『飯が喰えるのは専(もっぱ)ら、そっちの収入のおかげ』だったりするんだがな。 そんな俺の、旅の相棒はユリシーズ。 もちろん、ホメロスもジェイムス・ジョイスも関係ない。今は亡き孤高のモータサイクルメーカ、『ビューエル』の生んだ最高のモータサイクルである。細かく書き始めると、それだけでこのテキストが埋まってしまうので割愛するが、どんな道でもよく走る、最高にクールなモータサイクルだ。
その朝、俺は職場(副業)へ向かって、ユリシーズを走らせていた。 と、左手から伝わってくる感触に、若干の違和感を感じる。相棒とは一心同体だから、俺はすぐにその違和感の原因に気づいた。「ははぁん、コレはクラッチワイアだな」と見当をつけて、職場に到着するなり相棒のクラッチワイアを確認してみれば。 やっぱりだ。 ワイアを留めてる『応急タイコ』が原因のようだ。 治療時間が終了するや否や、別の種類の(切れづらいだろうと思われる)タイコを取り出して、きちんと養生しながら修理してやる。まったくファッキンな、手のかかる相棒だが、実はそんなトラブルを楽しんでしまってる部分も無いわけではない。 まったく、因果な関係だ。
仕事が終わった俺は、アパートメントへ戻って荷物を積み込み。 ユリシーズにまたがって北を目指す。 この国の最後の秘境と呼ばれる、ミステリアスワイルド栃木県。 そこにある幻のダム、『大郷戸』で友人とキャンプをするのだ。
フリーウェイに乗ると、こないだ相棒に装着した、ウインドスクリーンの恩恵を感じる。 ジョーバンフリーウェイの通るあたりは、いつも強風が吹くので有名なのだが、ウインドスクリーンは胸から下への風当たりをかなり軽減してくれるので、強風下でも160スピード巡航できる。コレなら長く乗っても疲れないだろう。いい買い物をした。 目的地近くのランプでフリーウェイを降りる。 東西に走るR50をしばらくゆくと、第一の目的地が見えた。
地元でカスミと呼ばれている、中規模マーケット(市場)だ。 ここで、チキンの生肉とポークベーコン、それにナメたネーミングの加工肉を買い込んだら。 そのまま更に北上し、第二目的地を目指す。
第二目的地は、ワインディングロードだ。 要するにぐねぐねと曲がった道のことである。前日、この近辺の地図を眺めていたとき、今まで気づかなかった道を発見したので、今日はぜひ、そこを通って最終目的地へ向かおうと思っていたのである。いくつかのランドマークは頭に入れてきたので、それを探しながら走る。 と、前をゆくオートモビル(自動四輪車)やモータサイクルに追いついた。 モータサイクルの乗り手は、オートモビルの後ろについて、ゆっくりと走っている。 その後ろへ並び、きょろきょろとワインディングロードの入り口を探した。 やがてロードシグナルに引っかかると、モータサイクルは最前列へ出た。当然、俺もそのあとをついて最前列に出る。シグナルがブルーになった瞬間、彼はアクセルを開けた。ZZR1200と思(おぼ)しきその機体は、今までより明らかに加速し始めた。 一瞬、距離が離れたが、彼が巡航に入ったので、すぐに追いついた。 俺はそのまま入り口を探しつつ、彼の後ろにぴたりとつける。やる気があるなら、これで加速するだろう。目の前に広がるのは、ゆるくツイストした美味しそうな道。俺なら間違いなく行く。ところが、彼は前を走るオートモビルに追いつくなり、そこで速度を緩めた。 いくらかの期待をしていただけに、少し肩透かしを喰った俺は、そこで重大なことに気づいた。 もう、明らかに入り口を行き過ぎている。 結局ワインディングを見つけられないまま、いつも曲がる場所まで来てしまっていた。
「仕方ない。このままいつもどおりの道で最終目的地へ向かおう」 そう思った俺は、モータサイクルとオートモビルを、アクセルスナッチでゴボウ抜きして、交差点を右折する。ほどなく、大郷戸の入り口が見えてきた。幻のダムと呼ばれているが、俺のような歴戦のジャーナリストにしてみれば、友人の家を訪ねるようなものだ。 なんなく最終目的地、『大郷戸』へ到着すると、すでに友人のロロが到着していた。 「どうだい、かみさん。このバッグなら、ナオミさんを入れて運べると思わない?」 ナオミと言うのは、俺の家に同居する、たいへん珍しい幻獣である。 基本的に屋外へ連れ出すことが出来ない動物で、外の空気に当てるとわずか数十秒で弱り始め、一日も放っておけば、そのまま黙って死んでゆく。当然、ナオミを外に連れ出すなんてありえないんだが、ロロはいつも、こういうブラックジョークを口にするのだ。 俺はアイサツ代わりにナイフを抜いて、すばやくロロに切り付けた。 その切っ先を、ひらりとかわしたロロは、 自分のバカでかいナイフを構える。日本刀と同じ三層構造の、凶悪なナイフだ。 お互いニヤリと笑うと、次の瞬間にはファイトが始まった。俺たちにとっては、いつもの光景(コト)だ。ナイフがぶつかるたびに、透き通った金属音が響き、美しい火花が散る。お互いの腕がなまってないことを確認してから、俺たちは笑いあってハグをした。 「ハッハッハ、さすがロロ。なまっちゃいねぇな」 「あたりまえだろぉ。でも、ヨシナシ先生には叶わないけどね」 と、そこへ白いワンボックスが、デロデロと下品な音を立てながら姿を見せる。 ここらを地元にするハンターにして俺たちの友人、ヨシナシだ。 ロロが言った叶わない相手とは、この男のことである。3歳のころから素手でイノシシを仕留め、40に近い現在では、素手どころか、『ストレス』だけで熊さえも仕留める、生ける伝説のような男なのだが、見た目は優しげなので、みな騙される。 「やあ、ユーたち! もう、ファイトはしちゃったんですカ?」 「ああ、もう終わっちまったよ。相変わらず、ロロのナイフ捌きは華麗だったぜ」 「オゥ、そりゃあミーも見たかったですネェ」 「ヨシナシ先生にそう言われても、褒められてる気がしないなぁ」 俺達は笑いながら肩を叩きあい、再会を喜んだ。
ヨシナシは、ワンボックスのリアハッチを開ける。 中には大量の薪(まき)と、ワンタッチテントが入っていた。 「今日は手抜きの、ワンタッチテントなんですヨ」 「ワンタッチテント? 俺ぁまた、簡易トイレかと思ったぜ」 「オゥ、カミ、ひどいデース」 バカ話をしながら、コチラも野営の準備をする。 フライシートだけの、いわば『屋根だけテント』の中に、ヘルメットやブーツを仕舞いこみ。 あとは食い物を作るための準備だ。 野営地の全景。ドラッグをキメたロロが、矢印のあたりでナイフを振り回し始めた。 その様子を、ヨシナシがカメラに収めている。後で脅迫するつもりだろう。 荒っぽいが、楽しい連中さ。
さて、俺の方はと言えば、買って来た食材を並べるのに忙しい。 手前がポークベーコンで、右がチキンの生肉。 そして奥にあるのが、先ほど『ナメたネーミングの加工肉』と書いた、『牛肉と忍者が炒め』だ。ニンニクの芽とジャガイモを、牛肉と一緒にタレで漬け込んであるのだが、だからって、『ニンニクとジャガイモ→ニンジャガ→忍者が』ってのは正直、ナシだと思うぜ俺は。 と、それを見たロロが、けたたましく笑い始める。ドラッグをキメ過ぎたのだろうか? 「はっはっは! かみさんもかよー!」 笑いながらヤツが取り出したのは、まったく同じ『忍者が炒め』だった。 「こいつは傑作だ! ロロ、おまえも買ったのか!」 俺達はゲラゲラ笑いながら、ハイタッチを決める。
「カミ、ユーはまた、それを買ってきたんですカ」 ヨシナシが、八の字眉毛をひそめて、苦笑している。 ヤツの笑う『それ』とは、 俺の愛する魚肉ソーセージ、略してギョニソーのことだ。 「アタリマエだ! どれだけ支持を得られなくても、俺はギョニソーを持って来るンだ!」 「ふふん、オカマちゃんにはぴったりの、腑抜けた食い物だね」 ロロの暴言に肩をすくめると、俺はガソリンストーブの着火に取り掛かった。タンクのガソリンをポンプで圧縮し火をつける。轟々と音を立てて燃えはじめたら、今度は次だ。今回、俺はガソリンストーブのほかにもうひとつ、固形燃料を持ってきていた。 焼きあがった食材を、コイツで保温してやろうって寸法なのさ。 こいつがまったく、実によく働いてくれたのだが、それはまた後の話。
陽が傾いてきた。 やがて準備が整い、ロロがビールを掲げる。 「カンパーイ!」 ぐびぐびとのどを鳴らしながら、アルコールを流し込んでゆく。すでに暮れかけた山の中は、ひんやりと寒くなっていたのだが、それでもやはり、こいつらの顔を見ながら呑む酒は、最高に美味い。俺は一息で缶を半分ほど飲み干すと、「ぷはぁ、美味めぇ!」と喜びの叫びを上げた。 ヨシナシはゆっくりとキムチ鍋を煮込み、ロロはソーセージを炒めている。 やがて、焼きあがったのだろう、俺の方にソーセージを差し出しながら、 「かみさん出来たよ! 特製ソーセージ、その名も『成人男性』!」 ものすげぇ喰いづれぇネーミングだ。フォークを刺すのさえ、躊躇(ためら)われる。 ジャンキーの発想は、やっぱりイカれてるぜ。
ポークベーコンを刻み、ガソリンストーブで焼いたら、クレイジーガーリックで味付け。 「俺のも喰ってくれ」と言いながら差し出すと、「これはまた、労働者の味付けですネェ」とヨシナシが苦笑する横で、ロロが盛大に眉をしかめ、「しょっば! ボクを高血圧で殺す気かい?」と叫んでいる。アレだけ肉ばかり食ってるくせに、健康に気を使ってるとは意外だった。 「だって最近さぁ、血圧が高すぎて、時々、気が遠くなるんだよね」 とっとと医者へ行け。
落ち着いたところで、焚き火を始めよう。 焚き火を景気よく燃やすコトで有名な俺だが、さすがに薪の量と寒さを鑑(かんが)み、「今回は慎重に燃やす」と宣言した。もっとも、ヨシナシもロロも、ちっとも信じちゃいなかったけどな。とにかくそういったわけで、まずは三段ほどの低い組み木をして火をつける。 焚き火が燃え始めると、とたんに気分が高揚してくるから不思議だ。 「それは、キミが放火魔だからだよ」 そんなブラックジョークを言いながら、ロロは例の『忍者が炒め』を作り出す。 ロクに味見もせずガーリックパウダーを大量に降りかける、ジャンキーらしい支離滅裂な行動だ。 「美味い! クズ肉なのに、すげぇ美味いよ!」 と騒ぐロロに感化されて、俺も忍者が炒めを作ってみた。 もちろん、余計なものは入れないで、オリジナルの味付けを楽しむ。 すると、ナメたネーミングと『いかにも余り物を入れました』的な具材からは意外なほど、普通に美味かったのでビックリした。「こりゃ美味めぇや。バカにできねぇな、忍者が炒め」と笑うと、ロロが血走った目で、「ガーリックパウダーを入れろ!」と騒いでいる。 もちろん、一ミリグラムたりとも、入れさせなかった。
腹いっぱいになったところで、それじゃあ、ゆっくりと呑もう。 あたりの下生えには、すでにびっしょりと夜露が降りている。テントもモータサイクルも水をかぶったよう。すっかり寒くなった夜の山中では、冷たい酒よりも温かい酒が欲しくなる。となればもちろん、俺の得意なホットカクテルの出番だ。 シェラカップに入れた酒を、固形燃料で温める。 それだけなのだが、これが実に美味い。 もっとも、ロロやヨシナシには、また違った意見があるようだったが。
酒を呑みながら焚き火を囲むと、まったりとした楽しい時間がやってくる。 これからの日本について、熱く語り合っていると。 ふと、会話が途切れたタイミングで、月が顔を見せた。 煌々と輝く月の姿に、言葉を失って、しばし見とれる山賊たち。 やがて視線を戻し。 今度は火を見つめながら、「ああ、いいなぁ」とつぶやく。 だが、『慣れたメンツでまったり呑んでる』から気づきづらいだけで、実はこの段階で三人ともかなり出来上がっていたのである。特に俺とロロは、ものすごくのんびりと静かに、しかし盛大に酔っ払っていた。
まずは俺が馬脚を現し始める。 穏やかに火を見つめるふたりを尻目に、「いや、やっぱ足りねぇだろ」とタキギをくべる。 ロロが、「もう、それくらいでいいんじゃない?」つっても聞く耳を持たず、 焚き木をタテ積みして、景気よく燃やし始めた。 ヨシナシのメイワクそうな顔なんぞ、俺の目にも脳にも届かない。 そして。俺にストップをかけたりと、一見シラフに見えるロロも、実はいいだけ酔っ払っている。 その証拠に、空き缶にナイフをぷすぷすと刺し始めた。
炎を見てテンションの上がり始めた放火魔と、静かに泥酔し始めた切り裂き魔。
この実に厄介な状況は。 しかし。 この先に訪れる悲劇の、単なる序章でしかなかった。
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