The 28th small machine club

2008.05.24-25 第28回ちっちゃいもん倶楽部 in ケモノ道

〜折れても立つ男たち その二〜

 

さて、ここからあとは難所もなく、休憩する予定の水呑場まで一気……のはずだったのだが、ここまでに、転倒とそれに伴うキックの嵐に体力を削られたよしなしが、期待にたがわず大ネタをぶちかましてくれた。もはや俺のネタ職人の称号は、彼に譲るべきだろう。

むしろ是非、譲りたい。

 

ちょっと急な坂を下って、moto君とふたりで後ろを待っていると、上からよしなしの声。

「へるぷぅ〜おねがいしますぅ〜!」

緊張感のない声に『きっと大したことないだろう』とタカをくくった俺は『むりー!』と軽く返事する。しかし、よしなしはやってこない。ランツァにスタンドをかけ、下りてきた坂道を『よしなし、もう、心が折れたのか?』とつぶやきながら登ってゆくと、眼前に広がる信じられない光景。

座って凹む、よしなしの向こうには、得意のガケオチでひっくり返ったXLRの無残な姿。

写真ではわからないが、かろうじて木に引っかかってるだけで、このすぐ下は切り立ったガケ。

よしなしの心は完全に折れてしまっていて、冗談を言っても返事が返ってこない。なので、この辺でいじるのはやめて、大声でみんなを呼ぶ。それでも、やってきたみんなにひととおり、『はい、今から撮影タイムで〜す』とかバカを言ってたのだが。

 

それから救助活動に移るわけだが、今回俺とmoto君はふたりとも忘れ物をした。俺は水呑場で水に混ぜるポカリスエットの粉、moto君は救助用のロープを、それぞれ持ってきたにもかかわらず、駐車場の荷物の中に忘れてきていたのだ。つまり、俺たちにはロープがない。

ケモやる人間ならわかるだろうが、これ、わりと一大事なのだ。

今回はたまたま、気温が上がり過ぎなかったのでポカリスエットじゃなく水でもしのげたし、大人数が居たのでロープナシでも救助やヘルプが出来たけど、人数がこの半分だったら、確実に何かトラブルが起きてたはずだ。次回はこういう気の緩みをなくさなくては。

「かみさんがロープ忘れるからいけないんですよ、まったくもう!」

とmoto君が冗談言うのに

「俺じゃねー! おめーだー!」

と爆笑してから、みなで救助。全員で力をあわせて、よしなしの単車を引っ張り上げる。

 

言ってもここに来るまでにみな、かなりヤられている。本来ならこの段階では疲労のひの字もないはずのmoto君でさえ、ヘルプの連続で疲れが見える。それでも、よしなしの単車を引きずり上げるために、みんながせーので全力を出す。

何とか救出できた瞬間、『ありがとうございました!』よしなしが叫んだ。

体力的にもキてる上に、ガケ落ちで心も凹んでいるだろう。それでもこうして、自然に心から感謝の声が出る。なんの含みも裏もない純粋な『ありがとう』の言葉。これを発することが出来るのも、聞くことが出来るのも、現代では珍しい貴重な体験だ。

ケモの魅力のひとつである。

 

無事救出した後、さらにもうひとつの下り坂にかかる。

と、またもよしが転倒。

おそらく今、やつの心は疲労のピークのはずだ。体力的には、俺と違って普段からフットサルで鍛えてるはずなのに、心が折れたせいで身体のコントロールがうまくいかないのだ。疲労と、たぶん倒した自分への怒りで、しゃがみこんでしまう、よしなし。

容赦なくゲタゲタ笑いながら写真を撮っていると、moto君が笑いながら俺を呼ぶ。

「かみさん、ベロ、ベロ! ベロみたくなってる!」

そちらへ回って見てみれば。

なにこのペコちゃんフェンダー。

XLR-BAJA(バハ)は二眼なので、余計に顔みたいに見える。

あと、ベロとか言ってるmoto君も、俺に負けず劣らず鬼。

 

よしは元気がなくなり、俺のからかいにも反応せず、坂を下ると黙ってキックを繰り返す。

このキックで体力を削られ『くそっ!』と天を仰ぐ。

疲労困憊のよしから目を離すと、ちょうど銀星が坂を下ってくるところだった。

下るというか、転がってる。

するとmoto君が寄ってって、銀にアドバイスを与えている。銀も一生懸命聞いてうなずき、実践しようとしているのだが、いかんせん、身体がついてこない。こうなると、自分にイラついてヤケになり、ヤケになるから上手く行かないという地獄のループ

いったんこうなると、途中の軽い難所でも引っかかってしまい、なかなか先へ進めない。

と、みんなを待ってる間に、moto君がフリーライドを始める。

俺もつられて、一緒に遊んでいたら、次にやってきたよしなしは、転倒で折れたレバーの交換。

かなり限界近くなりながら、何とか間とか水呑場へ到着する。

 

水呑場。疲労した身体に、ものすげぇイキオイでしみこんでゆく。

 

水を補給したり、汚れを洗ったり、一服つけてしばし休息。と、ここでオフロード初心者なのにも関わらず、ろくな装備もないままガッツの走りを見せていたO君が、ついにgive upで戦線離脱。キックを踏みおろす脚が、痛みで動かせなくなってしまったのだ。

水呑場でみなが来るのを待つというO君を残し、下ってトンネルを抜け、難関つるつる坂へ。

 

つるつる坂へ向かう途中のダラダラとくねる長い登り。いつもならすっ飛ばして駆け上がる道なのだが、今日は人数が多いのでそうも行かない。多少は車間を空けて走るのだが、ちょこっと前が詰まれば停まらざるを得ない。なのでついつい、走りながら遊びだしてしまった。

わざとルートをはずれたり余計なことをしつつ、ケタケタ笑いながら走っていると。

ずるんとケツが流れて、ヤバイと足をついてこらえるも、あえなく転倒。急いで車体を起こそうとするが、足元が滑って立つことさえままならない。何とか立ち上がり、エンジンをかけて走ろうとするのだが、 足が滑って出せない。ようやく端っこの足の立つ部分まで移動し脱出。

当然、俺の後ろに居たよしなしも、スタックして抜け出せない。

なので単車を前に停めてから、急いでヘルプに向かう。スタックしちゃったの俺のせいだからね。んで、無事によしも脱出。このころには、さっき折れかけた心も取り戻し、よしなしはわりと元気になってきていた。しかし、元気の戻らない男もいる。

銀星だ。

銀はやたらスタックしたり、転倒が目立つようになってきていた。励ませば何とかうなずくのだが、いかんせん空元気で後が続かない。それでも頑張って走ろうという姿勢や気持ちだけは伝わってくるので、moto君もその辺は評価したのだろう、マメに面倒を見てやっていた。

 

やがて、休憩後最初の難関、つるつる坂がやってくる。

ただでさえ難所なのに、天気は雨でつるつる度合いは最高潮。その上我々には、まさに頼みの綱のロープがない。全員一致団結して、手押しでつるつる坂を乗り越えなくてはならないのだ。最初にmoto君がチャレンジするも、イチバンきつい段差を乗り越えることは出来ない。

立つことさえおぼつかない坂で、どうにか足場を確保しながら、みなでちょっとずつ押し上げる。

大きな段差さえ越えてしまえば、あとはmoto君、するすると上まで登ってゆく。次はirohaの番だ。いつもどおりイキオイよく駆け上がってきたirohaは、俺やmoto君がおそらく不可能だと言っていたわだちの脇のフラットな場所を、気合一閃、駆け上がり。

こける。

「あんだ、iroha。チャレンジャーだなぁ」

「いや、コントロール不能になって、行きたくないのに行っちゃいました」

チャレンジ精神ではなかったようだ。

このあとも、それぞれチャレンジするも、もちろん、誰ひとり単独突破は出来ず、全員で押し上げて何とかクリア。銀星あたりはマシンを押すことさえ出来ず、moto君に代わってもらっていた。汗だくになりながらつるつる坂を越えると、開けた休憩ポイントに出る。

 

ここからのくだりは結構きつく、マシンコントロールが不可能になる場合さえある。なので前のヒトにカマを掘らないよう、車間距離を開けて下ってゆくのだが、これが裏目に出た。二番手のirohaが、道を間違ってしまったのだ。少し下ったところで停まったirohaは。

「かみさん、こっから先、どっちにいけばいいんですか?」

「いや、その前にさっきの分岐で間違えてねーか?」

「そうなんですか?」

「うん、たぶんさっきのところを左だ」

てなわけで狭いケモノ道の中でUターンという、これまた困難な作業をこなして元の道へ。

分岐まで戻ると、先に戻ったよしなしがすっ転んでいた。ヘルプが要るような状況でもなさそうなので、わきをぬけて先を目指す。おそらくmoto君が待ちくたびれているはずだろう。連絡もつかず戻るのも難しいケモノ道だけに、後ろのことが心配になっているに違いない。

いそいで坂を下り、moto君のところへ行くと、事情を説明した。

moto君、だいぶん待たされたカリカリ来ていたようなので、みんな疲れているしirohaのミスってだけでもないよとフォロー入れてみるが、実弟だけに怒りを出しやすいのか、moto君の機嫌は少しナナメのままだ。やがてirohaがやってくると、案の定、怒られてた。

 

もっとも、この兄弟は仲がいいし、irohaは単車に乗るとき、moto君を兄ではなく師匠と思っているので、ケンカになることはない。しかし、これで少し気持ちが滅入ったのだろう、このあとirohaは、ケアレスミスを続けてしまう。あわてなければヤツなら行けるはずの場所で、簡単にコケる。

コケてリカバリするうちに、体力が削られてきて、irohaがカリカリし始める。

いったんケモノ道へ入り込んだら、基本的には仲間以外、何者も助けてくれない。怒っても、すねても、切れても、単車は機械だから言うことは聞いてくれないのだ。キツい時、しんどい時こそ冷静になって、機械を正確に扱わなくては、山は決して越えられない。

irohaだって、そんなことは充分わかっている。

だが、疲労というものは段々と来るものではなく、心が折れたときにイキナリやってくるのだ。このときはちょうど、irohaにそのピークが来ていた。軽い難所を越えた後、moto君が引き返して後ろのの面倒を見ている間、irohaはハンドルに突っ伏して、ぐったりとなっていた。

単に疲れたというよりも、道を間違えてしまったこと、普段ならいけるはずの場所をクリアできなかったこと、そのほか細かいいろんなことが、気持ちが弱くなった瞬間、いっぺんに襲い掛かってきたのだろう。ケモってれば良くあることだ。

 

俺も同じ経験をしたことがあるから、とりあえず気をそらそうと話しかける。

「iroha、ヘルメットを取って頭を冷やそう」

「…………はい」

しばらく黙ったあと、それでも素直にうなずいて、メットを取るiroha。

案の定、顔が紅潮し、疲労の色よりも不機嫌さが浮かんでいる。逆にいえば、体力的にはまだ余裕があるだろうと踏んだ俺は、irohaが自分で復活してくるのを待つことにして、ちょうどやってきたmioちゃんとバカ話をする。つーかmioちゃん余裕過ぎ。

次にやってきたよしなしがカメラを向けたので、殊更おどけてポーズを取る。

こんな俺の様子さえ、このときのirohaには腹立たしかったかもしれないが、幸いなことに俺の方が年上なので、怒るわけにも行かない。彼はとにかく、自分の力で苛立ちや疲労に負けそうになる心を、復活させなくてはならないのだ。

切れず、あきらめず、自分の気持ちを自分で立て直す。

ケモライドで必ず訪れる(上手いヒトはないかもしれないけど)こんな瞬間、自分で自分の心を立て直すことが出来たら、それは強い自信につながる。と言うより、立て直さなくては先に進めず、先に進めなければ決して終わらないのだから、嫌でも立て直すスキルがつく。

そして立て直したとき、たぶん、ヒトとしてひとつ強くなれている。

こんなものまた、ケモライドの魅力のひとつなんじゃないかな。

 

後半は坂を下ってしまえば、目に見えて厳しいセクションはない。

だが、後半ということで気力体力ともに残量ギリギリの状態でのアタックになるため、ケアレスミスや思わぬところでのトラブルが出る。ここらからは、銀星のヤラれっぷりがひどかった。逆に驚嘆すべきは、ケモ初挑戦ながら一番大事な冷静さを失わないmioちゃん 。

マシン的にもケモ向きのセローなので余裕があるのだろうか。

とにかく初めてとは思えない冷静さで、淡々とセクションをこなしてゆく。俺が初めてのときは、後半はすべてイキオイだけで超えていたのだが、mioちゃんは冷静にアタックし、どうしてもダメなときだけヘルプを願う。まさに自力突破原則の、正しいケモライドを実践していた。

 

銀は厳しいところをmoto君に助けてもらい、さらにみんなにも助けてもらうのだが、『ありがとうございました』さえ、口から出てこなくなった。いちど、『銀、みんなにありがとうがねぇぞ』と注意し、その時にはっとした顔をしたから、ふて腐れたとかではないようだ。

単純に疲労の限界なんだろう。

極限状態の銀は、とにかくちょっとしたところで引っかかる。

道を削り、わだちを深めるので、後ろはだいぶん苦労する。それでも、誰ひとり文句は言わず、いや俺は『銀、削るなボケ』とか文句言ってたが、とにかく一致団結して、一つ一つのセクションをクリアしてゆく。まさにケモライドの醍醐味だ。

 

とちゅう、ヌタヌタのドロで単車が止まって自立してしまうような酷い場所があった。

irohaがハマり、俺とmioちゃんでヘルプするも、泥が完全にタイヤを吸着し、まるで吸盤のように吸い付いてはなれない。押したり引いたり、タイヤを回したりしながら何とか脱出を試みるのだが、単車はうんともすんとも言わない。

「さて、どうやって脱出しよう」

なんて俺が考え込んでいる横で、mioちゃんがリアタイアをチカラ任せに引っこ抜いた。途端に沸きあがる、俺とirohaの歓声。『すげぇmioさん!』『なにそのバカヂカラ』言いながら大笑い。この辺でようやく、irohaも心を立て直し、復活してきたようだ。

その笑顔がまた、なんとも嬉しい。

 

と。

後ろで今のくだりを見ていたはずのよしなし、またもカマしてくれる。

はい、ドロの上で自立。

しかも、今度は両輪とも。脱出の困難さは、単純にirohaのときの二倍ってわけだ。ポーズしてる場合じゃねぇぞ、よし。反省しれ。結局これも、90%のmioちゃんパワーと、残り5%づつの俺とよしの力で脱出。少し先行するみなの後を追う。

サポートのたびに、こうしてドロだらけになるのだ。それもまた、楽しかったり。

 

藪を抜け、

 

トンネルを抜け。

 

そしてようやく、次の休憩場所、滝のある綺麗な水場へついた。

今回は二三度しかコケてないのだが、とにかくヘルプで後輪のかきあげたドロを喰らうことが多かったので、全身泥まみれの俺は、とっとと水の中に入り込み、滝で身体を洗い流す。汚れと言ってもドロだから、自然を汚すわけではない。

遠慮なく浴びると、冷たい水に身体が生き返る。

 

みなで美しい景観を楽しみながら、しばし歓談。

 

ま、中にはそんな余裕もない男がいたりもしたが。

 

ここでしっかり休憩を取ったら、さあ、残りはあと少しだ。頑張ろう!

 

今回は、わりと余裕のある俺。

ボウズにしたから、軽量化と熱対策がいっぺんにできたのかな(かな、じゃありません)

「さぁ、気合入れていこうぜ!」

声を出すと、moto君や復活したirohaから返事が返ってくる。mioちゃんとよしなしは、さすがに少し疲れているようだ。銀は今、さっきのよしやirohaと同じ、心が折られて疲労のピークを迎えているだろう。だが、ここから立て直さなくては、先に進めない。

そして周りはヤツが頑張って心を取り戻すのを黙って待つだけだ。

ま、俺は黙ってなかったけどね。

むしろ、俺自身もうるせぇなと思うくらい声を出した。声を返して、気合を入れてくれればよし。ただ俺がうるさくてムカつくって言うんでもよし。とにかく気力を振り絞らないと、疲労で注意力散漫になりやすい後半は、大ケガにつながりかねないのだ。

 

と、言ってる矢先に、銀がガケ落ち。怪我はなし。

引っ張りあげるのが難しそうなので、俺が愛のキックで谷底に突き落とす。

や、蹴落としたつっても、1.5メータくらいもんだってばよ。

 

そこから今度は、moto君中心にみんなで脱出作業。俺は撮影係。

 

どうにかこうにか脱出し、更に先へ進む。陽が傾いてきたから時間がないのだ。

 

折れた銀を、moto君がサポート。鬼軍曹とか言ってても、こういう時はビシーっとやる男だ。

 

moto君の教えにうなずく銀。思えばこの辺から、少なからず予兆はあった。彼を神聖視し始めた銀は、moto君の教えに感じる所があって、だんだん傾倒して行ったのだろう。このあと銀はmoto君に、思いもかけないセリフを吐くのだが、それはまた後ほど。

 

mioちゃんのセローも、リアウインカーを両方なくし、ケモマシンらしくなってきた。

 

技術的なものより、体力と集中力が大事な後半戦。

難易度は低いながらも連続する細かいセクションが、みんなの体力を徐々に削り取る。ちょっとキツメのくだりだったりすると、車間が開き始める。後で聞いたら、ここでよしなしが二回目の折れ凹みを味わっていたらしい。 まぁ、何度も折れ、立ち上がるのも醍醐味だ。

道にカントがついてて下に落ちやすい場所で、自分が越えてから銀星を助け、最終的には銀のシェルパに乗ってセクションを越え、先をへゆこうとするmoto君に『ここはボーっと走ると落っこちるから、俺が残って後ろに注意するわ』と告げて、mioちゃんとよしなしを待つ。

くだりでエンストしたあと、再始動に手間取ったらしいよしなしと、それを待ってたmioちゃんが やってきたので、『ここ、カントがついてるから下に落ちやすいんだ。注意してきてね』と教えて、そのままアタックに入る。

アタックといっても、俺はそれほど苦手じゃないタイプの道なので、苦労もなくクリアしてそのまま上に登っていった。上では完全に心折られた銀星が、しゃがみこんでうつむいている。う〜ん、一発気合を入れないとダメかなぁと思っていると、下からヘルプの声。

行ってみると、mioちゃんがケツを下に落っことしてる。

早速ヘルプにはいるのだが、この段階で次に控えてるよしなしが、少し弱音を吐き出した。『こんなの、俺、ゼッタイ落っこちるよ〜』と小さくつぶやくよしの声を、聞かなかったことにして『よし、気合入れていこうぜ』と声をかける。

が、二度目の心折れを体験してるよしには届かない。

「みんなが削っちゃうから、通れないよ〜」

と、思わず不満を口に出してしまうよしなし。もっとも、俺も似たようなことをさんざん言ってきたから、ヒトのことは言えないのだが。それでも気を取り直して、何とか走り出すのだが、困難な場所へ行く前に、リアがすべってケツを落としてしまう。よしの顔が、疲労に曇る。

 

そこへ、ヘルプにやってくる見違えるほど明るくなったiroha。

俺もirohaに同調して、わざと軽口を叩き、明るく振舞う。こうなってくると、声をかけても応える気力もなく、ただ元気付けたって仕方ないような気がしたからだ。mioちゃんとirohaがかわりばんこによしのXLRをキックするのだが、なかなかエンジンがかからない。

それを見て、よしの表情がさらに曇ってゆく。

irohaは明るく冗談を言いながら、キックを繰り返す。mioちゃんはよしの心を感じてか、黙ったまま黙々と手伝う。俺は空気の読めないキャラクタで、irohaとひたすらくだらない話をしながら、よしなしが自分で立ち直るのを待つ。

irohaは

「かみさん、俺はやればできる子なんですよ」

「わかってるよぉ、ビシーっとやる子だからね、君は。ビシーっと」

などと俺と『水曜どうでしょうごっこ』をしながらキックを繰り返すが、エンジンは沈黙。

やがて、自分を立て直したのだろうよしなしは、moto君に救援を頼みに行った。できることは頑張る、できないときは素直に助けてもらう。簡単なことだけど、日常ではなかなかやれないことでもある。つーかここは単純に、俺が頼りなかっただけか。

 

moto君のウデをもってしても、スペアレバーのせいでクラッチが硬くなったXLRはなかなか手ごわく、最終的にはみんなで押したり引いたりしながら、何とかよしなしもこのセクションを越える。さて出発だとみなで坂を上り、単車の置いてある場所に来て、それぞれのマシンにまたがった。

と。

銀星が、moto君に近づいてゆき、ナニゴトか耳打ちしている。

うなずくmoto君。

見守る俺たち。

 

次の瞬間。

 

ばちっ!

 

moto君の平手が、銀星のほほを打った。

唖然とする俺たちに、moto君が苦笑いしながら説明する。

「気合を入れて欲しい、言うもんで」

今の光景の意味を理解した俺たちも、思わず苦笑い。しかし、この精神入魂張り手が思いのほか効いたようだ。『銀、頑張ろうぜ』と声をかけた俺に振り向いてうなずいた銀の瞳には、明らかに強い光が宿っていた。一歩間違えば狂信者とも言う系の。

 

moto君、iroha、銀星、俺、mioちゃん、よしなし、の順で走り出す。

銀星、気合を入れてもらったのは良いが、やけに焦って空回りしているような印象だ。上半身に力が入って、見た目にも硬い。案の定、ちょっと荒れた(一般的にはかなりデコボコの)わだちの多い場所で、何度もひっくり返り、スタックする。

俺はirohaをヘルプしたあと、同じような場所でスタックした銀に向かって

「銀、頑張れ。いけるはずだ!」

と声をかけた。銀がirohaを助けてるのを見たときの目が、明らかに弱っていたからだ。

「はいっ!」

と応えて頑張る銀は、しかし、スタックすると単車から降りもせずに『ヘルプお願いします』と助けを求める。顔では悔しい顔をしているが、しかし、コレは正直、あまりいただけない。なぜなら、銀の心には、もう、自分でどうにかしようという気迫がないからだ。

ヘルプに行ってみれば、案の定、スタックではなく、前輪に木の枝が絡んでいる。それを取り除き、走ってみろと言うと、またも引っかかる。木の枝のほかに、ステップがわだちの壁に引っかかっていたのだ。これなら、ちょっと降りて単車を検分すれば、すぐにわかったはず。

なのに銀はカタチだけ努力したポーズをとり、すぐにヘルプに逃げてしまった。

キツイようだが、irohaもよしなしも、自分で自分を取り戻したのだ。できれば銀にも、自分の甘えに気づいて、自分で修正して欲しいと思ったので、わだちの道を越えていったん停まったところで、さっきのヘルプの何がいけないかを言った。

moto君がこっちをチラッと見て、ニヤリと笑う。銀が張り手をもらって元気になったように見えて、逃げ腰になってしまっていることを、彼も見抜いていたようだ。俺なぞヒトにものを言うガラじゃないのだが、銀は俺を慕ってくれるので、珍しく指し出グチをきいてしまった。

さて、長かったケモライドも、いよいよ最後だ。

 

トンネルを抜けて、水呑場まで戻ると、O君が待っていた。

「もう、帰ろうかと思ったよ」

言うのも無理はない。二時間で戻るといっていたのが、四時間かかってしまったのだから。ここで最後の休憩を入れて、irohaがO君のDRに火を入れる。iroha、せっかくセルつきの単車を買ったのに、今日は結局、やたらキックばっかりしてたな。ご苦労様。

7人で稜線を駐車場に向かって走り出す。

いつもならケツを流しながらアホほど飛ばすmoto君も、今日はみんなの疲れや危険を考えて、ゆっくりと走ってゆく。とはいえ、そこはドSの鬼軍曹。30センチくらいの幅しかない、両側が切り立ったガケになってる場所へ出るたびに、わざと速度を落として走る。

一度など、そんな細い道の真ん中で、スタンディングスティル(その場静止)を決めた。

すげぇなぁと見とれたあと、次を行くirohaに『ゼッタイまねするなよ?』と念を押す。

最後は楽しい林道ツーリングといった風情で、すっかり暗くなった稜線を越え、誰も大怪我をせず無事に駐車場へ帰りついたところで、本日のCrazy Marmalade ちっちゃいもん倶楽部は、『生きて帰れてよかったなぁ』とおよそ平成の世とは思えないセリフでその幕を閉じた。

 

朝から夜まで、たった15kmくらいの距離を、都合10時間かけて走った男たちの顔は。

どれも、キラキラと輝いていた。

 

銀、今日は頑張ったな。折れたりヤケになったりしたこともあったけど、初めてとは思えないガッツだった。もっと練習して、次もまた走ろう。そして地獄の鬼軍曹。今回も先導とみんなの代走、お疲れ様。俺ももっと上手くなって、moto君の助けになれるよう、頑張るよ。

 

iroha、今日はおまえがイチバン頑張った。誰よりも率先して、ヘルプに飛び回ってたな。あいかわらず、気持ちの良い男だね。そしてO君つーかOちゃん。初めてとは思えない走りは、さすがだった。次はもちっと楽な単車で、一緒に山の中を駆け回ろうぜ。

 

mioちゃんの冷静さは、正直、初めてとは思えなかった。そして多分、今日のケモライドをイチバン楽しんだのも、mioちゃんじゃないかな? それからよしなし。折れた折れた言ってたけど、結局、しっかり立て直してきたのを、少なくともとmioちゃんは知ってる。おめぇは強いよ。

つーか、ふたりともまた、ここに来るんだろう?

 

前日の宴会も、当日のケモライドも、最高に楽しかった。

俺はおまえらと山を走れて、本当に幸せだと思ってるよ。

みんなありがとう。

 

そして。

 

また走ろうぜ!

 

index

inserted by FC2 system