solo run

ゴールド・エクスペリエンス

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2011.04.30 一日目(前編)

―雨のプラネタリウム―

 

前日の大酒もなんのその。

朝から準備を整え、昼過ぎくらいだったか、ユリシーズに荷物を積み込む。

「さて、これで準備はオッケ……ああっ! ナオミさん、大変だ!」

「どしたの?」

「ヘルメット忘れた」

「……」

なんぼ春でもノーヘルで走り回るには寒い。

新しく買ったラフ&ロードの振り分けバッグ。

おかげで、今までよりずっと重心が低く抑えられた。

前に使ってたヘンリービギンズのサイドバッグよりも容量が多く、しかも完全防水なので、雨が降ってきてもあわてなくて済む。見た目が垢抜けなくて弱そうなのもステキ。余計なモメゴトが避けられるからね(それはバッグ以前の問題です)。

飛行機で九州に向かうナオミと、お互いの旅の安全を祈ったら。

さあ、走り出そう!

 

とは言え、今回もいつものごとく、特別、決めた目的地はない。

四日後の夕方までに琵琶湖、てのが唯一の予定だ。

走り出してみると重心の低さが効いて、思った以上にひらひら走りやすい。すっかりゴキゲンになった俺は、気持ちよく16号をすり抜けてゆく。柏インターから常磐道に乗り、「さすがにまだ、北へ向かうって選択はねぇよな」と、ユリシーズのフロントを東京方面に向ける。

タンタンと小気味よくギアをかき上げて、120スピード(1/2時速)くらいで流す。

「ちょっと風が強いな」

とは言え、もともとマスが集中して重心が低く、おまけに短足仕様な俺のユリシーズは、ハンドルを取られることもなく。外環の分岐が混んでたので、そのまま首都高へ。太陽がアスファルトを照らし、気温もぐんぐん上昇してゆく。少し肌寒いくらいの風が、ちょうど心地よい。

「今回のツーリングで、タイア、なくなっちゃうかなぁ。ああ、帰ったらオイルも足さないと」

ぼんやり考え事をしながら、快適な空を眺めっつ、分岐からC2へ。

これで選択肢は、東名か中央道に絞られた。

 

ヒャクパー混んでる東名を避け、中央道を走り出す。

ちょいちょいクルマが滞るも、基本的にはそれほど鬱陶しい思いもしないで、談合坂へ。

給油を済まして、とっとと走り出す。

事前のニュースで言ってたように、どうやら今回の連休は出かける人が少ないようだ。渋滞らしい渋滞に会うこともなく、ハナウタ交じりで走ってられるのが嬉しい。ノーマルより下げたとは言えアップライトなポジションと、低回転で粘るエンジンは、クルージングに最適だ。

「気持ちいいなぁ。も、走ってられればドコでもいいや」

一向に目的地が定まらない。

 

境川だったかな?

パーキングに入って、タバコに火をつける。

それにしても、喫煙所が徹底的に追いやられてるなぁ。その上、単車用のパーキングエリアから遠くに設置されてるコトが多い。単車も喫煙者も嫌われ者ならそれでいいから、せめて、近づけて置いてくれないだろうか。

えらいガラの悪いふたり組が居るからか、そこの灰皿だけやけに空いていた。

なので「ボクはおとなしいツアラーですよ〜」的な雰囲気を漂わせながら、空いてる灰皿に近づいてタバコをもみ消す。すると飛んだ灰がお兄ちゃんにかかった。お兄ちゃんが俺をジロリと見た瞬間、くしゃっと笑って片手で拝み、「あ、ごめんね」つーと、お兄ちゃんも、「いや」と言いながらニコリ。

笑うとえらく幼い印象の、可愛らしい笑顔だった。

眉間にしわ寄せてるとガラ悪いんだけど、笑顔には笑顔を返してくれる。

例の、「こだまでしょうか」「いいえ、誰でも」ってヤツだな(微妙)。

 

走り出してしばらくすると、風がいくぶん、肌寒くなってきた。

そのうち時々、ポツリと来たように感じる。

念のため、岡谷ジャンクション手前で、休憩に入った。

すると、今にも泣き出しそうな感じはあるものの、とりあえず降っては来ないようだ。しばらく考えて、やはりカッパは着ないで行くことにした。身体をほぐすのに軽く体操をしながら辺りを見回すと、このあたりでは、まだ山桜が咲いていた。

きれいな景色に、ちょっと心が和む。

何にも考えず逆光で撮ったから、この写真は補正しまくりだけど。

 

さて、このまま中央道で走ろうか、それとも長野道を行こうか。

しばらく考えて、「この季節は北陸の魚が美味いんじゃなかったっけか?」と、昔Zに聞いた話を思い出す。それじゃあとりあえず長野道を松本で降り、上高地から富山の方へ抜けようか。なんとなくそんな風に方針が決まったので、岡谷ジャンクションから長野道へ。

ケーロクで走った時はブラックバードが遊んでくれたが、今回はそんな単車も見つからず。

しかも長野道に入ったあたりから、急激に気温が下がってきた。

いや実際は、諏訪の手前くらいからすこし肌寒かったのだが、ココへきて明らかに寒さのレヴェルが上がってきた。スロットルを握る右手の動きがシブくなり、背中がゾクゾクしてくる。さっきまで暖かくて気持ちよかったのになぁと、口を尖らせながら走ってると。

松本インターを降りたあたりで、ついに雨が降ってきた。

「くっそ、カンペキ選択をミスった。あのまま中央で関西に抜けてりゃ良かった」

つっても、もはや日本アルプスの膝元まで来てるわけで。

カッパを引っ張り出して、シブシブと着込む。

余談だがこのバッグ、完全防水を実現するために、クチが防水ザックと同じロール構造になってるので、荷物の出し入れが致命的にめんどくさい。荷物を入れて、クルクル巻いて、二ヶ所をカチっとプラスチックのロックで留め、さらに上ブタをかぶせて二ヶ所で留めるのだ。

なので物を出すのが、すごく億劫になる。

ま、確かにふたを開けなきゃ、荷物は濡れないだろうけど。

 

カッパを着込んで準備が出来たら、国道158号、野麦街道へ。

市街地を10キロほど走って、稲核(いねこき)ダムをぬけたあたりから道が曲がり始める。本来ならこのへんから段々とテンションが上がってくるのだが、いかんせん路面は思いっきりウエット。曲がり道にウエット路面と来れば、こっちが走れる走れないの前に、四輪が渋滞する。

時々、タバコを吸って景色を眺めながら、並ぶ四輪をやり過ごしたり。

「どうせ先に待ってるのは、濡れた峠道だしなぁ」と思うと、ガシガシぶち抜いていくほどのテンションにもなれず。そんな時は回転を下げてギアを上げ、ドコドコとエンジンの鼓動を楽しみながら走ろう。空はニブい鉛色だけど、新緑の緑は充分に美しい。

左手に見えてるから、コレはたぶん梓湖。

 

いくつかトンネルを抜けながら、基本的にはクルマの後ろに付いてのんびりと走る。やがて上高地への分岐で、七割がたのクルマがそちらへ向かい道がすいた。同時に安房峠道路のトンネルへ入る。とりあえず、トンネルは雨に濡れないから助かるねぇ。

試験的に無料になってる安房峠道路を抜けて、パーキングで一服。

前に来たときよりも、ずいぶん観光客が少ない。

すいすい走れるのは嬉しいけど、今回の自粛ムード、観光地にとって大打撃なんだろうなと改めて実感させられる。それでなくてもこの辺りは、どっちかって言うと寂しいイメージ(人が来ないという意味じゃなく、演歌的な意味で)の観光地だから、余計にそう感じるのかも。

ま、とにかくトイレに行こう。すっかり冷えちまったよ。

 

休憩所のトイレに向かうと、入り口のところに張り紙がしてあった。

全然、まったくそんな気持ちはなかったのに、ちょっとその気になっちゃうじゃないか。

装備的には、ココでの野宿にも耐えられるけど、『やるなって言ってる場所』で、わざわざ寝ることもないだろう。まだ日も高いし、も少し先の、どこかきれいな場所で寝ることにしよう。そうだ、ついでに新しいタバコを引っ張り出しておくか。

あれ、タバコどこだっけ……って、サイドバッグの中だよ。

くっそ、めんどくさいなぁ、このバッグ。

ぶつぶつ言いながら、タバコのスペアを取り出して、もう一服つける。

 

つーか、そんなことより、まずはガソリンを入れなくちゃ。

前に来て、ココとこの先、二軒スタンドがあることはわかってたので、ギリギリまで給油しないで来た。なぜなら、できればセルフのスタンドで、一緒にスペアタンクも給油したかったから。つっても結局ここまでセルフは見つけられなかった(反対車線にはあった)んだけど。

つーかビューエルは、『ポンプをカラ回すと壊れる』らしいから、給油で冒険はやめよう。

 

無事に給油を済ませたら、さて、どっちへ向かおうか。

こないだは471号から41号で富山に抜けたのだが、のんびり走りつつもそれなりにテンションが上がってきて、もう、北陸の魚とかどうでもよくなってきてた俺は、「せっかくだから、走ったことない道を行きたいじゃないの」てな気分になっていた。

なので北の富山へは向かわず、158号から西へ、飛騨高山を目指すルートを取る。

まだ雪を残した飛騨の美しい山々が、俺を歓迎してくれた。

「さーて、いくぞー! 向こうは道が乾いてたらいいなぁ」

 

 

 

 

ガリガリっ!

 

なにガリガリって。

かみさん出来れば聞きたくないよそんな音。

 

単車を降りて、音のしたリアタイアの辺りを確認して見ると……ああ、切なすぎ。

先に書いたごとく、ラフロのサイドバッグは締めるのに手間がかかる。(1)荷物を入れて、(2)クチをくるくると巻いて、(3)カチカチと留め具をハメて、(4)うわブタを閉めて、(5)またふたつの留め具。そう、さっきタバコを引っ張り出したあと、それっきり忘れていたのだ。

さて、ココで問題です。

かみさんが忘れていたのは、上記の行程のうち、どの部分でしょう?

 

答え:全部。

フタからバッグのクチから、いっそ気持ちいいほどのフルオープン。留め具のついたヒモを、思いっきり引きずりながら走ってたので、それをリアに巻き込んでしまったのだ。幸い、留め具は割れながらも何とか使えたので、ほっと胸をなでおろしつつ荷物をくくりなおす。

さて、気を取り直して走り出そうか。

 

上高地から高山へ抜ける国道158号は、基本的にまっすぐ。

なので、ツイスティロード偏愛者の俺としては物足りない。

これで天気がよければ、きっと景色も楽しめるんだろうけどなぁ。道はウエットだから、パワー掛けなければタイアの減りが少ないだろう。それがまだ救いかね。でも、このタイア(ロードテックZ6インタ)だったらウエットでも結構やれるし、やっぱ曲がってて欲しいかなぁ。

埒もないことを徒然に思いながら、たんたんと飛騨の道を走る。

モンク言ってる風だけど、これもまた楽しかったり。

 

やがて数河(すごう)高原へ抜ける道との分岐に差し掛かる。

そっちに向かえば快走路がありそうなんだが、俺はそのまま158を選んだ。

なぜなら青看板に、

『古い町並』の文字があったからだ。

「なるほど、白川郷とは行かなくても、このあたりにもそんな町並みがあるんだな」

飛騨の古い町並なら、きっと、風情があって見ごたえがあるだろう。そう考えた俺は、意気揚々と進路を左にとる。しばらく走っていると、どうやら町並がそれっぽくなってきた……んだろうか? 今のところ、いたって普通の町並しか見えないんだが……

あ、あれか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違う、違う! そうじゃ、そうじゃなーい!

 

いや、まあ、確かに古い町並だけれども。

心の中に描いていた、わらぶき屋根の古い日本家屋的な美しい映像を、思いっきり昭和な匂いの『オリエンタル即席カレー』にぶち壊され、トボトボと走り出した俺の背中には、きっと、見るものの涙を誘うほどの、深い哀愁が満ちていただろう。

俺のわらぶき屋根を返せ。

俺の日本家屋を返せ。

俺の美しい風景を返せ。

 

道は高山の市街に入り、クルマの数もぐんと増えてきた。

 

後編に続く

 

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