solo run

ゴールド・エクスペリエンス

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2011.04.30 一日目(後編)

―雨のプラネタリウム―

 

オリエンタル即席ショックの余韻も冷めやらぬうち。

道は高山駅の駅前通りに入った。

土曜日の駅前だけに、たくさんの人やクルマでごった返している。

駅の横を通るアンダーパスをくぐったところでコンビニ休憩。

キレイなおねぇさんの集団が通りがかって、思わずカメラに手をかけた。だが、こんなとこで逮捕とか、これほど哀しい奥飛騨慕情もないって話だ。泣く泣く撮影をあきらめる41歳。奥飛騨でも慕情でもないけど。泣いてもないけど。

 

盗撮容疑で岐阜県警に一泊するのを回避した俺は、そのまま国道158号を進んでゆく。

山がきれいだなぁと眺めているうち、「陽が落ちてきてるんじゃないか?」と遅まきながら気づく。

すると青看板に、『東海北陸自動車道』の文字が見えた。

「とりあえず高速に乗って距離を稼ぐか。でも、この高速はどこに行くんだろう?」

相変わらずの場当たり的な対応で、飛騨清見ジャンクションへ。

 

高速に乗った瞬間、つーか乗る前からすでに、クルマの列ができていた。

「こらぁ、まいったなあ。なんだってまた、こんなに混んでるんだ?」

首をかしげながら走ってゆくと、どうやら南(名古屋方面)へ向かう渋滞のようだ。よろしい、ならばこちらは北へ向かおうじゃないか。金沢か富山に行って、そこで野宿しよう。まったく渋滞する気配のない金沢方面の分岐に、悠然と入ってゆくユリシーズ。

高速の入り口によくあるダラダラ長いコーナーは、比較的路面が乾いていた。

とたんに、デキの悪いドタマのスイッチが入る。

「ひゃほう!」

メットの中で叫び声をあげながら、久しぶりに目いっぱいトラクションを掛けて曲がってゆくと、それだけでもう、テンションが上がってくる。俺はやるぜまだまだやるぜと、曲がり道ダメ人間メーターが振り切れてゆく。そして道はヒト気のない東海北陸道の北行き。

思いっきり気持ちよく曲がった、そのイキオイのまま、ユリシーズはカタパルト発射した。

どらららららららっ!

クレージーなダイアモンドを思わせる排気音を響かせて、空冷OHVがアスファルトを蹴っ飛ばす。ハーレィダビッドソン・スポーツスターと同じレイアウトのエンジン(同じエンジンではない)が、胸のすくような加速と共に、俺を一気に180スピードまで運んでゆく。

そこから少し加速が鈍りつつも、200スピードまでは数秒だ。

「タイア、見る見る減ってんだろうなぁ」

官能的な加速とは対極の、ビンボー臭いセリフを吐きながら。

俺はガラガラの高速を疾走する。

 

「やっぱ、曲がってないとイッコもおもしろくない」

直線すっ飛ばしに数分で飽きてしまった俺は、そんなモンクを言いながら高速を走る。すると案内看板に、『白川郷』の文字が見えてきた。とたんに思い出される、オリエンタル即席カレーの悪夢。そうだ! 俺は『俺のわらぶき屋根』を、取り戻さなくちゃならないんだ!

つわけで、雪をかぶった山々に囲まれる景色の中、白川郷で高速を降りる。

高速を出たすぐのところにある、道の駅『白川郷』の駐車場に入り、一服つけると。

もうすでに、陽はほとんど暮れている。

ここで野宿をするのはいいが、思ったより寒いし、何より酒をまだ買ってない。

「酒ヌキで野宿はツラいなぁ」

ぼんやりと携帯の地図を見ている俺の目に、興味深い文字が飛び込んできた。

『白山スーパー林道』

後でマップルを見たら、こっち側からは二輪通行禁止って書いてあったのだが、この時は地図を忘れて持ってなかったので、そんなことはビタイチ知らない。携帯ナビの地図が、基本的にクルマ用として作られてる弊害だ(ただのウカツです)。

「確か白山スーパー林道って、舗装林道だったよな?」

うろ覚えの記憶をたどりながら、俺の心はすでに林道ランに傾いている。

陽が落ちかけてる? 真っ暗な夜の林道? それがどうした! こっちはやる気にアドレナリンにと色んなものが、身体中からあふれ出してるんだよ! いいか? こうなった俺を止められるモノは、世界中のどこにもないんだぜ、ヒーハーッ!

 

入りっぱなで止められた。

 

仕方ないので来た道を戻り、もう一度、道の駅に入る。

だが、酒がない上に、『夜間、しかも知らない林道の単独走破』つーアホ行為をしようとして上がってしまったテンションをもてあまし、正直、ココで寝るという選択肢に、まったく魅力を感じない。こうなりゃもう少し走るしかねぇわなぁと、タバコをふかしながら考えてると。

どるどるどるるるっ!

ヤマハのレイダーが入ってきた。

降りてきたのは、カッパを着込んだおじさんだ。話してみると、これから近くの温泉に行って、そのあと近所で野宿する予定らしい。おじさん的には荷物満載のユリシーズが、お仲間に見えたのかも知れないが、もちろん温泉なんて言葉は、俺の心に響かない

ひとり温泉に向かった彼の背中を見送ると、俺はユリシーズをまたいで走り出した。

 

国道を走り出してすぐ、夜空が泣き出した。

夜がしたたり落ちてきて、道路を真っ黒に染め上げる。

ここら辺りはトンネルが多く、そのぶん道は曲がってないのだが、それでも夜の山間部、それも雨に濡れた道を走るのは、なかなか緊張を強いられる。前後、対向とも、ほとんどクルマが走ってないのが、唯一の救いか。

昼間、晴れていれば、アレだけ見たがってた『合掌造りの民家』がいいだけ見えただろう、五箇山の近くを抜けて、国道304号との分岐までくる。そこの看板に書いてあった、『金沢』の文字を見た瞬間、ほとんど無意識にフロントタイアをそちらへ向けた。

「まち……さけ……」(※街、酒)

カタコトの日本語でそうつぶやきながら、雨でますます悪くなる視界に、しかめっつらで走る。

 

やがて道がツイストし始めた。

それも入り口の辺りは、かなりハデ目のいろは坂チックな曲がりっぷりだ。乾いててもそれほど楽しいとは思えないツイストの先を、なにやら音ばっかりやかましいクルマが、ぼうぼうと登っている。しかも、俺のライトが見えた瞬間、明らかにエンジン音が大きくなった。

「いや、やらないよ、こんな夜中で、道も濡れてるのに。後ろ行くから、静かに走りなよ」

んごぼぼぼっ! ごばぁーん! ぶろんぶろん! ブヴァーン!

カチッ!

かみさんスイッチ、フェザータッチ(軽い引き金)すぎ。

つっても、こんなのにベタづけはしたくない。車間をとって道の様子をうかがい、二車線分くらいに広くなった瞬間、大外からかぶせてゴボウ抜く。抜かれる時、ドライバーは中里さんの名ゼリフ、「なめてんじゃねーぞ! 外から行かすかよォ!」を叫んでいた。

もちろん、俺の脳内で

クルマはどっちかって言うと、ヤンキー烈風隊だったけど、

 

五箇山の中里さんをぶっちぎり、そのままのテンションでトンネルに入る。

ありがたいことに、もう、雨が止んでいた。こちら側はそれほど降ってなかったのだろう。水溜りはあるけど、道はほとんど乾いてる。タイアのすべる緊張がなくなったとたん、身体がずんと重くなった。そこで朝から何も喰わずに走ってることを思い出す。

「ああ、疲れてるのか、俺」

高速すっ飛ばしたり、ワインディングでクルマに突っかけたりしたのも、疲れと空腹で変なテンションになっていたんだろう。そう気づいたので、今日はもう、どこかで休憩しようと決めた。道の駅の看板を見つけたところで、「あの道の駅でいいか」と寝場所を定める。

そのあと通りがかったコンビニに入って、酒とつまみを買い込み。

一キロほど走って、

道の駅『福光』の駐車場で、ようやく荷物をほどいた。

駐車場泊のお仲間は、普通車が三台くらいだったかな。

単車を降りた瞬間、どっと疲れてしまって、この建物がなんなのかは探索していない。

見た目はちょっとハデなお社っぽいけど、なんなんだろうと思いつつ。気持のほとんどは、買ってきた酒とツマミに傾いている。解いた荷物から銀マットを引っ張り出して、買ってきたものを並べれば、今宵の宿と夕飯が準備できた。

ビール一本に、ハイボール缶が五本。

ツマミはチーズスナックと、ポテトチップ、サラミ、そして忘れちゃいけない魚肉ソーセージ。

コンタクトを外してめがねをかけ、寝る準備も整った。

レポ用にデータを整理してて、真っ黒の写真があったから補正してみたら、これだった。

さすがに、お疲れ気味のご様子。

 

夜の駐車場でひとり呑んだくれながら、今日の走りに思いを馳せる。

と、風が冷たくなってきた。

さらに、精神のテンションが落ち着いたところへ、冷たい酒を胃袋に流し込んだもんだから、体温が一気に下がってくる。寒さと疲労でポンコツの右足が、ズキズキと悲鳴をあげ始めた。こりゃいかんと、あわててシュラフを引っ張り出す。

下半身だけシュラフにもぐり、サラミをかじりながらハイボールを呑む。

「美味いなぁ、疲れたなぁ、楽しかったなぁ、明日はどこに行こうかなぁ」

とりとめもなく色んなことを考えながら、銀マットの上に転がって大きく伸びをする。ぐったりと心地よい疲れが身体をつつみ、そのまま地面に沈んでゆくような錯覚にとらわれる。見上げれば、広がるのは星ひとつ見えない真っ黒な空と、垂れ込める濃い灰色の雲。

携帯で天気予報を調べると、『今夜は雨が降るかも知れない』とのことだった。

「ま、すでにさっき降ったよってことだろ。水たまりもあったし」

数時間のズレなど、天気予報では当たり前。

俺はその考えに希望を託して、現実から目をそむけた。

 

雲はますます厚くなり、空気が湿り気を帯びてくる。

空が異様に低い。

「星が見えないのは残念だなぁ。野宿の楽しみったら、プラネタリウムみたいな空なのに」

俺の腕や機材じゃ、美しく残すことの出来ない、満天の星空。写真に撮れない以上、自分のアタマと心の中に刻むしかないから、俺は野宿の夜空で見る星がとても好きだ。秩父の河原で、泥酔しながら冬の空に感動し、大騒ぎして迷惑をかけたことを思い出す。

「琵琶湖の夜は、すっきり晴れてくれるといいなぁ」

夜中、道の駅の駐車場に寝転がって、空を見ながらニヤニヤしてるおっさん

今回は、職務質問されなくて良かった。

 

と。

 

ぽつり。

 

「うっわ、ウソだろ? いやいや、一瞬だけだろ?」

 

ぽつ、ぽつ、ぽぽぽ……

 

「ダメだね。俺は信じないね。信じたくないね」

 

さあーっ……

 

優しい雨音が、あたりを包み込んだ。

ここでようやく現実を認めた俺は、シュラフや銀マットを抱えて立ち上がる。翌日の露天市かなんかに使うのだろうテントが、ひとつ空いていたので、その下に抱えた荷物を放り込んでから、今度はユリシーズを押して同じくテントの中に運び込む。

とりあえず避難が完了したなと、一息ついた瞬間。

 

ざぁーっ!

まるで待っていたかのように雨が強くなった。本当に俺が避難するまで待っててくれたのなら、そりゃありがたい話だが、それが出来るんならばもうひと押し、明日の朝まで待っててくれたらかみさん、もっと嬉しかったな。

 

それでもテントの下はかろうじて雨をしのげる。

「ま、雨音を聞きながら寝るってのも、それはそれでオツじゃないか」

強がって独り言ちると、俺はシュラフにもぐりこんだ。

冷たい風雨と暖かいシュラフのコントラストで、急にまぶたが重くなる。

 

俺は疲労に誘われるまま、眠りの中に落ちていった。

 

二日目に続く

 

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