solo run
北北東に進路をとれ
2011.07.20 四日目 真室〜二本松 ―曲がり道とへそ曲がり(後編)―
しばらく地図を眺めてから、次の行き先を決める。 「お、最上川(もがみがわ)じゃねぇの」 県道35号から国道458と短く繋いで、国道47号へ。 国道47号は、最上川に沿って走る道だ。 真室川は半分ネタで来てみたが、最上川は普通に見てみたい。 なので47号を西へ向かってひた走る。 上の写真は、通りがかった『河川管理車』の赤が、空の青に映えたので撮った。そしたら、思ったより面白くなかったので、ちょっと色合いをいじってみた。でも、実際もこのくらいコントラストがハッキリした、すごく綺麗な絵だったよ。
途中でトイレに行きたくなったので、目に付いた道の駅へ入った……のだが。 なんだろう。道の駅のはずなのに、なんか様子がおかしい。
建物の意匠が妙だし、色使いも日本じゃない。 中で売ってるオミヤゲも、明らかにこの辺のものじゃなくて、海を渡ってきた系だ。 へんだな。フジテレビの臭いがする(やめましょう)。
さて、それじゃまた国道47号線を、最上川に沿って走ろう。 『 五月雨(さみだれ)を あつめて早し 最上川 』(芭蕉)
ここは動画で撮っておくべきだった。 風が強かったので、川が穏やかに流れる上を、雲がすごい速さで流れてたのだ。 もっとも、台風の影響だろう、その強風のせいで。 この写真を撮るために、寄り道して橋を半分渡ったら、ものすげぇイキオイの風に押されて、危うく立ちゴケするところだった。ステップが接触するまで、あと数センチってところまで倒しかけ、全身全霊のチカラを使った。筋繊維の切れる音が聞こえるくらい。 なんとか倒さず立て直し。 「俺もまだまだ、捨てたもんじゃないじゃん」 満足げにつぶやく41歳。もっともそのあと、あまりの強風にまたがって移動することさえ出来ず、ソロソロとビビりながらバイクを押して橋を降り、風が来ないころでようやくエンジンを掛けるという、ヘタレ全開っぷりだったんだけど。 まあ、台風が近づいてんだから、風が強いのは当たり前なんだけどね。 天気は上々、気分も上々。 最上川沿いを気持ちよく駆け抜ければ、やがて道は鶴岡の手前、庄内へ。 鶴岡街道に入ってしばらく行ったところで、コインランドリーを見つける。 手持ちの着替えがラストひと組だったので、いいタイミングだった。 冷房の効いたコインランドリーの中で周りを伺いながら、下着まで一気に着替える。短パンに履き替えて、下着、タンクトップ、ジーンズ、すべてを放り込んで洗濯開始。乾燥までやってくれるタイプの洗濯機だったので、終了まで50分くらい。 暑くて食欲も無いし、ジュースでも飲みながら、メットの手入れでもするか。 虫だらけのシールドやメットの帽体を、ウエットティシュとティシュで綺麗に掃除したり、野宿セットの手入れをしたり、それでもヒマなのでカメラの画像を見ながら、走った道を思い出したり。なんだかんだやってるうちに、ようやく洗濯が終わった。 すっかり綺麗になった、ふかふかの洗濯物を仕舞ってると、 「あれ。靴下が、かたっぽ無くなった」 洗濯機の中や、かごの中を探しても、まるっきし見つからない。 「なんだよ、怖い話か?」 わけのわからないことをボヤきながら、ミクシィで、『えるしっているか、洗い立てジーンズの気持ち良さより、靴下をひとつだけなくしたショックの方が上。コインランドリーマジック(´⌒`)』とつぶやいたり。バカやりつつ、「そろそろ行くか」と立ち上がって、上着を羽織ろうとすると。 あんだ、ココにくっついてたよ。 とりあえず怖い話じゃなかったようだ。 ほっとして靴下を仕舞い、荷物を積んだら、「さあ行こう」とセルボタンを押す。
きょきょきょ……んがきょ。
「あれ? 止まっちゃったぞ?」 もう一回セルボタンを押すと、今度は、うんともすんとも言わない。 「あーそーか、そーきたか。ここでトラブルですか」 ぶつくさ言いながらユリシーズを押して、コインランドリーの裏へ運ぶと。 荷物を降ろしてシートを外す。 「え〜っと、とりあえずバッテリーは……大丈夫だ、外れてない。それじゃあ、電装系か……いや、でも、ヒューズだったら全部点灯しないっておかしくねぇ? まったく全部ダメつったら、フツーはバッテリだよな……あ。もしかしてレギュレータか? 今、バッテリが死んだのか?」 ものすげぇ嫌な予感に苛まれつつ、とりあえずヒューズを全部チェック。 飛んでるヒューズは無かったので、お次はリレー類を一旦外して、刺しなおしてみる。症状からしてリレーって感じでもないけど、とりあえずイッコづつ原因っぽいものをツブしていくしかない。んでキーをひねるが、まるっきし無反応。フルシカトもいいところ。 仕方ないので、こんだアタマを開ける。 キーオンして無反応ならキルスイッチじゃないとはわかってても、とりあえずひと通り見る。 およそ考え付くことは全部やってみたが、ダメだった。 つわけで最後の手段、レッドバロンに電話だ。幸い、鶴岡市という比較的大きな町だから、検索したらすぐに一軒みつかった。電話して事情を話すと、 「バッテリー端子は外れてませんか?」 「外れてません」 「では、引き取って詳しく見てみますので、場所を教えてください」 という流れ。
電話を切って一服してると、やがて迎えがやってきた。 もう、この映像は何回目だろう。 毎回毎回、想定したトラブルの上を行くユリシーズに、このときは正直、愛想が尽きかけていたかみさん。「コレが原因不明で入院するようなら、もう手放そう。そして国産を買うんだ。なにがいいかな……うん、やっぱホンダだな。CBR1000を買って、アップハンにしよう」 折れそうになる心を、『新車購入の妄想』で支えるのは、ロケットの時から変わらない。 トラックに同乗させてもらって、レッドバロン鶴岡へ。 症状を伝えた後、タクやナオミにメールしてると。 がきょっ……んががっ……ぶろろん! あっさりエンジン音が聞こえてくる。驚いてると、メカニックの方がやってきた。 「バッテリの端子ですね。ゆるんでました」 「えぇ? 見たときはゆるんでないと思ったんですが」 「国産と違って、一見きちんとはまってるようでも、すこーしだけゆるんでる場合があるんですよ。触ってもほとんど動かないし、端子も密着して見えるから、ゆるんでないと思っちゃうんですけど。国産だったら普通に走れてるくらいでも、ビューエルはダメなんです」 「その程度のゆるみでも、電圧が足りなくなるんすか?」 「計っても電圧は出てるんですが、セルをまわすと一気に6ボルトくらいまで落ちるんです」 「へぇ……ハーレィなんかも同じです?」 「ええ、そうですね。ハーレィとビューエルでは、よくありますね」 このあと行った秩父の山賊宴会でNEKOさんが、俺の話を聞いてニヤニヤしながらうなずき、同じような話を聞かせてくれた。結局、振動で端子がゆるんだのが原因だ。なので、取り回しでゆるみづらいように養生してもらって、事なきを得……たと思ったのだが。 「ただ、もしかしたらメインハーネスが、中で半分断線してる可能性も無くは無いです」 なんだよ、やっぱり怖い話じゃないか。
すっかり意気消沈した俺は、とりあえず帰ることにする。 「112号を下っていけば、まっすぐ山形まで出ますよ」 店のヒトの言葉にうなずくと、お金を払ってお礼を言い、トボトボと走り出した。 もっとも、鶴岡市内を抜けて山岳地帯へ入るころには、すっかり元気になってたんだけど。 だって、奥羽の山々を眺めながら、気持よく晴れたワインディングを走ってるのに、いつまでもシケたツラじゃいられないだろう? とりあえず国道を走ってれば大きな街は外さないし、それなら、またトラブって、それが手におえなかったとしても、迎えには来てもらえるわけだ。 いや、まあ、トラブらないのがイチバンなんだけど。 太陽と青い空、山々の緑が、俺の行く手を祝福するかのように美しい……
暗雲が立ち込めてきた。祝福、カケラもなし。 ま、太平洋側は雨が降りそうだってんで、わざわざ日本海まで逃げてきたのに、結局、戻っちゃってるんだから、当然っちゃ当然なんだけど。でも、千葉まで最短距離を走ってることは間違いない。この際だから、多少の雨はガマンしてでも、距離を稼ぐのが優先だよな。 と思ったか思わないかのウチに。 明らかに降らす気マンマンの雲が空を覆う。 「こらぁ、怪しいねぇ。雨ぇくらうかなぁ……」 と諦めムードでつぶやいたら、諦めたので試合終了(Ⓒスラムダンク)。 ぽつぽつ来たと思った次の瞬間には、ざんざんぶりに降ってきた。 「どっかでカッパでも着るか。上着しかねぇけど」 と思っても、ちょうど山間部で道が狭く、なのに流れが速いので、停める場所が見当たらない。そのうちびっしょりになってしまったので、「もういいや。明るいうちに出来るだけ南下して、大き目の道の駅で着替えよう。そのあと、夜も走るか一泊するか決めよう」と結論する。 方針が決まれば、あとは迷わず一気にひた走るだけ。 雨は強弱こそあるものの、一向にやむ気配を見せず。
途中、国道沿いでヒッチハイクをしてる男を見かける。 髪の毛ボサボサの痩せた男がひとり、「福島」と書いたスケッチブックを持って立ってる……というか、明らかに踊っている。大きな交差点の、信号待ちで停まったクルマの横で、ブレイクダンスみたいな踊りをしながら、スケッチブックを掲げてるのだ。 「ぎゃははっ! なんだアイツ面白れぇ。めっちゃ踊ってる。うっわ、乗っけてぇ……」 ま、万が一ヘルメット持ってたとしても、雨の中で単車には乗りたがらんだろうけど。
ようやく福島に入った。 『蔵王』だの、『磐梯吾妻スカイライン』だの、普段の俺なら大喜びのカンバンさえ、雨の中を走ってる身の上じゃあ、ただただ恨めしいだけ。結局、鶴岡から250キロ近い行程の、半分を雨に濡れながら、なんとかかんとか、二本松にある道の駅『安達』に到着。 屋根つきのバイク置き場に、ユリシーズを突っ込んで。 「うーぶるぶる。やっべ、クソ寒みぃ……」 震えながらタオルケットを取り出して肩からかけると、その場でパンツまで脱いで着替える。着ていた長袖は雨でびっしょりと濡れてしまったが、なーに大丈夫だ。今日の午前中、例のコインランドリーで洗って乾燥させた、ホカホカの着替えがあるんだから。
タンクトップだけど。 俺のバカ。 出発の前日、「タンクトップ4枚あれば充分だな」とか言ってた、俺のバカ。 寒いじゃねぇかよ。 そんじゃま、濡れたジーンズはどこかに干すとして、寝巻き代わりに持ってきたズボンを履こう。
短パンだけど。 寒いよ俺のバカ。
幸い道の駅『安達』には屋根だけテントが張ってあったので、雨を凌ぐ場所は確保できた。 濡れたジーンズと上着を干したら、レストランでうどんを喰う。 暖かいものを喰ったら、一気に生き返った。となれば、酒が必要だ。 「道の駅にも、地酒ぐらいあるだろう」 と思って買い出しせずに(そんな余裕もなく)入った『安達』だったが、結果的には大正解。この道の駅、実はほとんどサービスエリアと言っていいくらい、設備が充実してるのだ。24時間のコンビニまであるから、ひとり宴会の酒肴には事欠かない。 さっそく、コンビニで買ってきたのが。 ジャックダニエルの水割り缶とヤキトリだ。 で、いつものように、道の駅ひとり宴会を開催していると……遠くから歌声が聞こえてくる。 「○×△くぁwせdrftgyふじこlp;」 酔っ払って出来上がったオッサンのごとく、大声で放歌しながら歩いてきたのは、なんと先ほど国道の交差点で見かけた、あのヒッチハイクの男だった。踊りながらヒッチハイクしてたヤツが、歌いながらこっちへ近づいてくるシュールな映像に、俺はもう、爆笑寸前。 絶対アレなヤツに決まってるが、こんだけ面白かったら、黙って見過ごすのも無理だ。
俺は期待に胸を膨らませながら、「こんばんは!」と声をかけてみる。 すると男は、フルシカトのままゴキゲンで歌いつつ歩き、5メータくらい進んでからこちらを振り向く。そこで初めて気づいた表情になり、「こんばんはー!」と満面の笑み。後で聞いたら、まさか自分に声をかけてるとは思わなかったんだそうだ。 周りにドン引きされてることは自覚してるらしい。 男は歌って踊りながら、ふらふらとコンビニへ行って、ビニール袋をぶら下げてくる。 「お兄さん、ここで一緒に呑んでいいですか?」 「おぉ! もちろんだっ! なんならこのヤキトリも喰え!」 「よかったぁ。お兄さん、お酒は好き? ボクは大好き」 「おう、もちろん好きだよ」 「お兄さん、何歳? ボクは31歳」 「俺? 俺は41歳だ。ちょうど10コ上だな」 「よんじゅういち? 見えないですねぇ。あ、お名前を聞いていいですか?」 「なはは、急に敬語やめれ。俺は○○。みんなはかみって呼ぶ」 「ボクは……なすびって言います」 ああ、確かに『なすび』だ。 独特の話し方や、他人と上手に距離を取れない感じは、ヒトによって好き嫌いがハッキリ分かれるだろう。俺もシラフで患者だったら、正直、ちょっとアレかも知れん。だが、夜の道の駅で酔っ払ってる時の話し相手としては、これほど面白いヤツも居ないだろう。 コイツを面白がれるか、それとも単純に嫌うか。 ちょっとした試金石かもね。
北海道出身のなすびは、札幌で歌を歌ってるそうだ。 セミプロだと、本人は言ってた。そして、そんな話の合間合間に、突然、歌を歌いだす。その歌を俺が知ってると続けるし、知らないとすぐやめる。要するに、ホンキでイカれてるってより、彼なりの演出なんだろう。『ちょっとイカれた男』ってキャラクタで、コミュニケートするのだ。 そのウラでヒトを観察してるのか、ただの照れ隠しなのかは知らんが。 「おめ、歌もふざけるのも構わんけど、とりあえず、そのペヤング喰え。伸びちゃうだろ」 「だいじょぶ、だいじょぶ。(ふたを開けて)ほら、すごく増えてる」 「…………そうか、よかったな」 飲み屋で偶然、隣に座った男と話すように。 相手の言い分は否定しないで受け入れ、こちらもある程度、話題を選ぶ。向こうがノリノリで話したことに矛盾があっても、それを突っつくのはヤボってもンだ。だいたいなすびの話を全て信じたら、コイツは『芸能人の知り合いが多くて、大麻の常習犯で、しかもハヤブサ乗り』になっちゃう。 そんな話は笑いながら聞いて、夜の中にそうっと置いてくるのが一番なんだよ。 もっとも、ハヤブサが1500ccじゃないことだけは、指摘しといたけど。 そこは譲れん。
バカ話をして、時々、なすびと一緒にビートルズや長渕を歌う。 コレまで何度も道の駅で野宿したけど、歌を歌ったのは初めてだったから、えらい楽しかった。 と。 ここに住みついてるらしい、野良猫が一匹、顔を出した。 「あれ? ○○ー! おまえどうしたー! 元気だったかー?」 なすびが叫びながら、猫に近づいてゆく。 「あんだ、知ってるんけ?」 「この道の駅はよく来るの。ここに住んで、お店の手伝いしたり。だから友達なんです」 と、その言葉どおり、猫は恐れる風もなく俺たちのそばへやってきた。 「悪りいが、酒とタバコしかねぇんだ。なすびのヤキソバは食えたもんじゃねぇしな」 「おいしいよー。でも○○は食べないんだよねー」 「がはははっ。おいしくねぇから、喰わねぇんだよ」 北の国から流れてきた奇妙な男や、道の駅に住む野良猫と楽しい酒を呑みながら。 四日目の夜は、こうして更けていった。
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