solo run
中部戦線異状なし
2011.08.15 三日目 下呂〜加子母 ―曲がり道特捜隊の受難(後編)―
「オ、ン、センッ! オ、ン、センッ!」 ヘルメットの中、鳴り止まぬ温泉コール。 曲がり道より温泉が恋しかったのは久しぶりだ。 やがて『下呂』の文字が、あちこち散見されるようになった。 温泉街に入ると、フラがきょろきょろと日帰り温泉を物色してる。 なので、信号で停まった時、フラに俺の意見を叫んでみた。 「フラー! 河原っぷちとかにある温泉に入ろうぜ! 道端にあって外から丸見えの無料温泉! 旅番組とかでよくあるじゃん? ああ言うトコなら、女のヒトは嫌がって入らないだろうから、ぜってー空いてるしさー! つーか入ってみたいんだよ、俺!」 と、天才かみさんらしい、アグレッシブでプログレッシブな意見を提案したのだが、微妙な苦笑いと共に一蹴されてしまった。どうやらフラはイチから探してるんじゃなく、前に来たことのある場所を探してたようだ。そのまま探索を続け、温泉街が途切れたところで一度Uターン。 もう一回探したところで、どうやらお目当ての温泉を見つけたらしい。 「ブーツはともかく、上着はきっと、ココへ干しておけば乾くだろう」 「ああ、なるほど。それじゃ俺も干しておきますよ」 「ぬはは、バカめ。俺のは空冷で、エキパイが右出しだからよく乾くんだ。おめーのはダメだ」 「お、俺のだって乾きますよっ!」 変な意地の張り合いをしながら、温泉セットを持って施設の中へ。300円だか払って中へ入り、服を脱ごうとして、温泉セットじゃない方の袋(同じ柄)を持ってきてしまったことに気づく。あわてて取って返し、ようやく温泉に浸かれた。 露天風呂で手足を伸ばし、「あ゛〜っ!」 雨に打たれて冷え切った身体に、温泉がしみこんでくる。
とは言えバカ兄弟。 露天風呂の中でも話題はやっぱり、『単車と曲がり』なわけで。「舵角で曲がるときの」「バンク角がありゃいいってモンじゃ」「ハンドルをフリーにするために」「ツーリングタイアのグリップが」などと、せっかくの露天なのに、景色なんざ見ちゃいない。 温泉を堪能し、すっかりさっぱり仕上がったダメ兄弟。 「濡れたジーパンは履きたくないなぁ」 「俺は中にモモヒキ履いちゃいますけどねー」 「まったくイチミリも羨ましくない。俺は着替えがあるからな」 掛け合いしながら、喫煙所に入ってゆく。 濡れたジーンズのフラナガンと、すっかりリラックスウエアの俺の足。身体もすっかり暖まって、油断すると眠気さえ差してくる。乾いた服もサラサラと気持ちがいい。もっとも、ココで泊まるわけじゃない以上、最終的には濡れたジーンズを履かなきゃならんのだが。
湯上りの桜色に染まったおねーさんを眺めつつ、地図を見て行き先を決める。 「次はどこを走ります? この道で恵那(えな)の方へ抜けると……」 「あーもしもし、フラナガンくん。おまえはナニを言ってるんだ? こんだけ濡れて、しかもブーツなんかまだ乾いてないってのに、これ以上ワインディングなんぞ走らせる気か? も、走らねぇっつの。どっかで酒ぇ買い込んで、とっとと宴会やるぞ、宴会」 「そんなこと言っても走り出したら、どうせ曲がりたがるんですよ、かみさんは」 「うっせーバカ。俺はもう呑むんだ!」 つわけで道はフラに任せつつ、『どこかで酒を買って宴会』と決まる。 「せっかくサッパリしたのに、また濡れたブーツを履くとか、いったい何の苦行だよ」 ボヤきながら単車をまたぎ、フラに続いて走り出すと。 「あ、ブーツのメッシュ部分に風が当たると、なにやら涼しくて気持ちいいぞ?」 それほど苦行でもなかった。 曇天の下を恵那方面に向けて走ってゆく。 「あらやだ、ツイストロード楽しいじゃないの」 フラの予言どおり、走り出した途端すっかり曲がりたくなってしまった。自分でも度し難いと思うが、まあ、人の心ってのは思うようにはならないものだ。「よーし、かみさん走っちゃうぞー」などと、心底おめでてぇセリフを吐きつつ、フラに追走してゆく。 山々の間を抜ける、気持ちのいい国道を走ってると、フラが突然、ウインカーを出した。 見てると道の駅へ入ってゆく。 出口側から。 「ぎゃはははっ! フラ、どこから入るんだよ! そこ出口だぞ!」 とメットの中で爆笑しつつ、俺もあとに続いた。するとそこは、クルマの出入り口じゃなくて、人間の出入りする場所だったらしく、入ったところが駐車場より15センチくらい高い。さすがに、そのまま人ごみに突っ込んでゆくガッツは持ち合わせてないので、ゆっくり段差を降りた。 ちょっとハラをこすった。 これはフラのせいなので、あとで請求書を送る予定だ。 マフラー修理代100万くらい。
駐車場へ入ってみると、川沿いの景色が美しい道の駅だった。 この手すりの下は、幅が広くて水のきれいな河原になってる。
「かみさん、どうします? ここ(道の駅)じゃぁ寝づらそうですねぇ」 「だったら河原で寝んべな。あっこにベンチがあるから、マットなしのおめぇも寝れるし」 「あぁ、なるほど、そーっすねぇ……って、大変だ! 雨が降ってきましたよ」 「すぐやむだろ。そんなことより酒だ。酒を買いに行くぞ」 「少し戻ったところに、JAがありましたよ」
二台並んで走りだし、1〜2キロ戻ったJAへ。 買い物かごを持って中に入り、しばらく眺めたところで不安に苛(さいな)まれる、かみさん41歳。 「ふ、フラ。もしかしたらここ……」 「ええ、そうですね。酒は売ってないようです」 「マジかよ。だったら用はねぇ」 と暴言を吐きつつ、オモテに出た瞬間。 ばらばらばらっ! 大粒の雨が降りだした。 「あーもメンドくせぇな、バカフラ! 雨降らすんじゃねぇよ!」 「お、俺じゃないっすよー! かみさんじゃないんですか?」 「とりあえず、酒ぇ売ってる場所を探すぞ。おめーも携帯で探せ」 『JAの駐車場にて、携帯で酒屋を探すバカふたり』のうちのひとり。 フラの携帯はうまく繋がらなかったので、俺の携帯で酒を売ってる店を探す。やがて、近くにコンビニが見つかったところで、どうやら雨もやんだようだ。「タイミングいいじゃねぇか。それじゃあ行こうか」と、トコトコ走り出して、およそ30秒。 「おーい、ウッソだろう?」 まさかの土砂降り。 つってもコンビにはすぐ近くなので、停まってるヒマはない。そのまま走って、 なんとかコンビニに到着。 「フラ、いいかげんにしろ」「えー俺っすかぁ」「おめー以外いねぇだろう」と毎度のやり取りをしてから、酒や食い物を買い込む。んで、雨がやむのを待ちながらフラに暴言を吐いていると、ちょっと向こうに何やら良さ気な野宿ポイントを発見したかみさん。 「フラ、あれを見ろ。あそこなら野宿にちょうどいいんじゃねぇか?」 コンビニの大型用の駐車場に隣接してる、公民館か何かのようだ。 「あ、良さそうっすね」「おし、あそこで呑(や)ろう」と決まれば、話は早い。二台のバイクを公民館のウラに移動して、良さそうな宴会ポイントを探る。すると玄関の前に、申し訳程度の屋根が付いてるスペースがあった。今夜の宿はココで決まりだ。 さっそくコットを組み立てて、宴会の準備に入る。 『かしも倶楽部』の『かしも』は、ここらの地名である、『加子母』から。
やがて準備が整った。 さて、それじゃあ呑ろうか、フラ公! カンパーイ! クソ暑い上に、雨上がりのムシムシした屋外だと、薄いバドワイザーがバカみてぇに美味い。 いつのまにか、雨はすっかり上がった。 「雨、上がっちゃいましたねぇ。もう少し走ってからのが良かったですかねぇ」 「バカ言うな。おめーと一緒に走り出したら、三分以内に降ってくるに決まってんだろ」 ご機嫌なペースで酒盃(つーか酒缶)を干しながら、飽きもせずに単車の話をし続ける。そう言や、フラとこうしてふたり呑むのは、いつ以来だろう。琵琶湖大宴会の時はみんなが居たし、だいたい、あん時フラは運転で呑めなかったもんな。いつが最後だっけ? 「ああ、かみさんが足折って寝てた時ですよ」 ここ数年でも二回ほどあるから、それじゃ特定できねぇよ。
楽しい男と楽しい酒を呑めば、当然、ペースが速くなるのは致し方ない。 「あれ、もう酒がねぇじゃん。おし、コンビニ行って買ってくるか」 ブッカキ氷にコンビニワインをぶちこんで、がぶ飲み夏ワイン・マーマレードスタイル。 「あ、これ美味いじゃないですか。いいっすね」 「ま、氷ぶち込んで冷やしたら、たいていの酒は美味いけどな」 と。 雲行きが怪しくなってきた。 「雨、降りそうだなぁ。俺はいいけど、おめーは降ってきたら寝袋が濡れるぞ」 「まあ、大丈夫でしょう。それよりムラタさんって、まだ仕事してますかね?」 「よし、とりあえずムラタに電話するか」 「あははは、かみさん非道ぇなぁ」 じゃあ、どうしておまえは携帯を取り出してるんだ?
ムラタに、ひとしきり嫌がらせ電話をしたあと、ナオミと電話で話してると…… 案の定、ビッシャビシャ降ってきやがった。 「おい、フラ! おまえ雨に浸食されてるぞ!」 「おぉ、これはイカン!」 あわてて内側へ寄ってくるフラナガン。あんまこっちくんな。
シュラフ(寝袋)にカッパをかけて雨を防いでいるが、成功してるとは言えない。 「かみさん、それ(コット)いいですねぇ。下がいくら濡れても平気じゃないですか」 重量物は走りに邪魔。それでも俺が持ってくるのには、理由(わけ)があるのだ。
フラとののしりあいながらゲラゲラ笑ってると。 どうやら雨がやんだ。 つーか雨とカンケーないけど、新型V−MAXのこの部分は、絶対に要らないと思う。
雨が上がったと思ったら、見る間に青空が広がってくる。 降った雨が蒸発してるのだろう、山にかかった靄(もや)と、雲、青空の対比が美しい 「うおぉ、キレーだなぁ。雨で蒸し暑いけど、こういう景色はホントにいい……え、なに?」 「俺、食い物買ってきますけど」 「あ、俺も酒買いに行く」 美しい景色をだいなしにしつつ、バカ兄弟はコンビニへ。
「お、フラ! 見ろ! なんかすげぇ偏(かたよ)ったラインナップじゃないか? 「なにがっすか?」 「なにこのヒトヅマ推(お)し。人妻系ばっかり四冊もあるぞ」 「流行ってんすかねぇ」 ま、イチバン人口の多い年齢層が、いまやみんな人妻だからねぇ。
コンビニから帰ってきて、メシ喰ったり酒呑んだりしてると。 どうやらフラの限界が近づいたようだ。 「んじゃ、寝るべか」 「そっすね」 速攻でオチるフラ。バイクよりよっぽどハヤい。 仕方ないので、俺は本を読んだりしながら夜を過ごす。 そんで、そろそろ眠くなったかなぁと思ったあたりで。 ギリギリッ……ギリギリギリ……ギリギリッ 隣のフラが、寝ながら、『エア食事』を始めた。 いや、要するに歯軋りなんだが、も、確実に「なんか喰ってるだろおまえ?」ってレヴェルの頻度と長さと音量なのだ。俺は野宿になっちゃえば、そういうのはあんま気にしない方なので、うるさいってことではないのだが、どうにも美味そうで、気になって仕方ない。 「くっそー、こいつ絶対、夢の中で美味いものを食ってるな」 と笑ってるうちに、こっちも、だんだん腹が減ってきたので…… 朝飯に買っておいた、ゆで卵と赤飯を食う。 「明日、夢の中でなに喰ったのか聞いてみよう」 そんな風に考えてちょっとおかしくなった俺は、笑いながらコットに寝転ぶ。 と。 月齢15.3の、わずかに盛りを過ぎた月が、夜空を穏やかに照らしていた。
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