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春ツーリング

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2012.04.30 二日目(後編) 松本〜大野

〜天然素材〜

 

松本城を遠くからながめたら。

そのまま松本市街を抜け、見慣れた国道158号へ乗る。

 

いつも、稲核ダムとか梓湖の写真ばかりなので、今回はその手前で停まってみた。

このあたりまでの国道158号は、野麦街道と呼ばれる。それがトンネルを抜けて梓湖にぶつかるあたりで県道26号と別れ、今度は県道の方が野麦街道と呼ばれるのだ。いやまあ、「だから何?」って言われても、半笑いでごまかすしかないけど。

トンネルを出たところ。

後ろにちょっと写ってるのが梓湖。

 

県道26号を走り出すとすぐ、トンネルに『野麦街道』の文字。

道はこのまま野麦峠を越えて飛騨へ続く。

 

去年の夏以来の野麦峠は、相変わらずの景色で俺を迎えてくれた。

とりたてて大騒ぎするようなもんじゃなく、日本の峠道なら割とありふれた景色だ。

だが、その『まさにニッポンの田舎道』らしいこの峠が、俺はわりと好きだったりする。もっとも俺は曲がってる道がほとんどすべて好きだから、あんま希少な感情ではないんだが。そのせまっ苦しい舗装林道を、気持ちよく駆け抜け、山道をぐいぐい登ってゆき。

野麦峠の中腹くれぇになるのかな、小さな展望所で一服。

空が曇ってるのが、なんとも惜しい。

 

雪の残る山を眺めながら、タバコを一本つけ。

「そうだミクシィでつぶやいておこう」と携帯を取り出すと、圏外の表示。「なるほど、それじゃあ仕方ない」とあっさり携帯を仕舞ったら、鳥の声や風のささやきに耳をかたむける。すると心の雑味が抜け、胸の中が晴れ晴れとしてくる。

「ああ、また旅に出られたんだなぁ」

穏やかな喜びが胸中に広がる、人生でもトップクラスに大事なひと時だ。

ベンチに座って単車を眺めながら、これから走る道を眺めたら。

ユリシーズにまたがって走り出す。

 

そのまま峠を下って、高根乗鞍湖が見えたところでまた一服。

去年も見た人造湖は、相変わらず幻想的な色味で美しい。

ここから国道361を走って、高山方面へ抜ける。

意味はないけど信号待ちの時に撮ってみた、361の途中、『甲(かぶと)』交差点。

 

361からの風景。もうすぐ国道158号線とぶつかる辺りかな?

 

やがて道は、高山市街へ。

あんますり抜けしないで大人しく走り、41号経由で158号へ出る。

途中で、前回フラナガンと走った『せせらぎ街道』の入り口が見えて、なんとなく心惹かれるも、今回はこのまま、国道158号をひたすら走る。

なんでって、この道を走ったことがないから。

曲がりはそれほどハデじゃないが、そのぶんスピードが乗りやすい。

 

ま、とにかくこのあたりは、ほとんど渋滞しないから好き。

 

アベレージスピードが高いから、ビューエルの速度だと操ってる感は少ない。

SSなんかだったら、悪魔的な速度が出せるだろうね。

 

やがて、ちょっとタバコが吸いたくなったので。

道の駅、『桜の郷・荘川(しょうかわ)』へ滑り込んで休憩。

ここで地図を見ながら、次のルート選びだ。

この先158号は156号へ、T字にぶつかる。それを北へゆくと、御母衣湖(みぼろこ)を経由して白川郷へ、南へ行くと九頭竜湖を経由して福井へ出る。

どっちにしようか迷ってると、ふと思いついた。

「ああ、そう言えば前回は、エンジン警告灯が点灯(つ)いて、福井から帰ってきたんだっけ」

そんじゃ、福井を目指そう。

タイミングが合えば、かっくんに会えるかもしれないし。

 

156を南下し、白鳥ループ橋を通って油坂峠へ。

油坂峠を駆け上がると、道端に枝垂桜(しだれざくら)が見えた。

ユリシーズを停めて、優雅なその姿にしばらく見入る。

美しい桜を眺めてほうっとため息をつくが、そこは景気よく峠を駆け上がっている最中のかみさん。単車にまたがってしまえば、そんな殊勝な気分もドコへやら、狭いけど空いてるツイストロードを走る方へ気持ちが持っていかれるのは、まあ、いつものことだ。

 

峠の天辺(てっぺん)まで駆け上がると。

俺の写真じゃアレだけど、走ってきた山道の美しい風景が、眼下に広がる。

「こらぁ、キレーだなぁ」

ここで野宿しようかと思いかけたのだが、それができそうなスペースは、空き缶やゴミの山だった。俺はもちろんポイ捨てなんぞしないけど、だからと言ってゴミを拾いするわけじゃない。そんな俺が言うのはアレかも知れんが、やはりこういうのは哀しい気持ちになる。

眼下の美しい景色と、目の前のゴミの山。

哀しい対比に軽くへこまされながら、峠を越えて先へ進む。

 

やがて九頭竜湖(くずりゅうこ)の姿が見えてきた。

景観用だろう、ちょっとした駐車場で、何人かの人がカメラを構えている。

単車をそこへ滑り込ませ、俺もカメラを構える。

 

「もう少し人が少なければ、ここで花見がてら野宿してもよかったな」

そんな風に思いながら写真を撮り、しばらく桜を眺めてから出発。

九頭竜湖を左手に見ながら。

 

湖畔の走りやすい道を流してると。

石碑らしきモノが目に入ったので、そのスペースへ入って単車を停める。

書いてある文字を、なんとか読もうと思ったのだが。

石碑が劣化してヤレてるのと、文字が達筆すぎるのとで、俺には判別不能だった。んで、この石碑と反対側のスペースの奥に、下ってゆく道を見つけ、ほとんど無意識にそこへ入ってゆこうとした、かみさん42歳セルフトラブルメーカ。

危うく、寸前で思いとどまる。写真は思いとどまってUターンしたトコ。

 

「ノリノリで走ってきたから、自分的にやれる子チックな気がしてるけど、あくまで錯覚だぞ」

と自らを戒めつつ、ためしに単車を降りて先をチェックしてみると。

ほら見ろあぶねぇ。

ナニが哀しくて「そろそろ野宿するか」って時刻になってから、200kg近い単車またいでこんなトコ降りて行かにゃならんのだ。百歩ゆずって、まったく考えずに降りちゃったなら、そこでUターンしたりハマるのも『ある意味ネタ』だが、思いとどまった以上、この先へは行けない。

今から降りたら『狙ったネタ』で、それはmarmalade spoonのスタイルじゃないのだ。

ウチのネタは、あくまで天然素材だぜ。

胸を張ってるところが間違ってるのはわかってるけど、でも張るぜ。

 

ま、降りるのはナシだとしても、このスペースはわりとステキだ。

桜咲くこの場所で野宿することに決め、荷物を解(ほど)く。

 

コット(キャンプベッド)とテーブルを組んで、野宿セットを引っ張り出したら。

さあ、ひとり宴会のはじまりだ。

九頭竜湖や桜を眺めながら、地図を開いて明日の行き先をあれこれ考える。そんな楽しいソロキャンプを満喫しているところへ、クルマが一台、ゆっくりと入ってきた。中から出てきた男性は、石碑の前でしばらくたたずむと、おもむろにこちらへやってくる

俺は満面の笑みを浮かべて、「こんちわ!」と挨拶した。

すると彼もニカっと笑って、「今日はここで野宿するのかい?」とたずねてくる。

 

「ええ、そうです。神様か何かのそばだから、罰当たりかなとは思うんですが」

「ははは、大丈夫。コレは神様じゃないよ。ダム湖に沈んだ村の記念碑だ」

「ああ、なるほどそうなんですか。それじゃあ、ここはダム湖なんですね」

「そうだよ……って、あれ? 柏から来たの?」

「おや、ご存知ですか」

「私はもともと、野田に住んでたんだ。生まれはこっちなんだけど、仕事で関東に行って、そこで家庭を持ったんだよ。ところが今度は、こちらに転勤になっちゃってね。偶然に。まあ、知らない場所より勝手がわかってるぶん、楽なんだけど」

「おぉ、それは奇遇ですねぇ。こちらは単身赴任なんですか?」

 

などと、しばらくとりとめのない話をして。

男性は帰っていった。

奇妙な偶然に楽しくなった俺は、彼に手を振ってから酒盃を口へ運ぶ。

 

風が気持ちいい。

 

と。

桜の花びらが一枚、俺の薄汚れたズボンに舞い落ちてきた。

 

「おや、風流だねぇ」と桜の木を見上げた瞬間。

 

びょう。

 

ちょっと強めの風が吹き、花びらがぶわっと散る。

雪のように舞う花びらに感激した俺は。

少し離れて野宿場所の全景を撮影。

そしてコットへ戻ろうとすると、また風が吹く。

 

ひらひら、ひらひら

 

立ち尽くす俺の周りで、たくさんの桜が舞い散る。

「おぉ、これは! 今の俺、ちょっと主人公っぽくねぇ?」

幻想的なロケーションに、軽い中二病を発症する、かみさん42歳。

まあ、『舞い散る桜吹雪の中に、ひとり佇(たたず)む男』ってな雰囲気で自分に酔ったとしても、誰もいるわけじゃないし、誰かに迷惑をかけるでもない。おっさんのちょっとした自己陶酔くらい、湖も桜もユリシーズも、大目に見てくれるだろう。

 

しばらくうっとりしていた気味の悪いおっさんは、不意にやることを思い出す。

「ああ、そうだ! ブーツの養生しなくちゃ」

一日中、曲がった道を楽しんでいたので、ブーツのバンクセンサーが削れている。

このままだとブーツに穴が開くので、センサーを上下ひっくり返すのだ。

貧乏単車乗りは、いろいろ小細工するのである。

そのあとも、ゆったり酒を呑みながら、壊れたタンクバックのファスナーを修理したり、昨夜使ったキャンプ道具の掃除をしたりと、家内制手工業をしてすごす。やがて程よく酔ってきたところで、シュラフ(寝袋)に結露対策のカバーをかけてもぐりこんだ。

「星が出てないけど、月はきれいだなぁ。雨、降らないといいなぁ」

そんな風につぶやいて、俺は眠りへおちてゆく……

 

 

ぽっ

「……いやいや、それはないよ。あるわけがない」

ぽっ、ぽっ、ぽっ、

「いいや、違うね。俺は信じないね。虫かなんかのぶつかる音……」

ぽっぽっぽっぽっ

現実逃避はそこまでだった。

 

雨が本格的に降り出す前に、あきらめてシュラフから飛び出す。

バッグからフライシートを出して、まずはコットと荷物の上に広げる。

 

それからテントポールを組み立てて、フライをしっかりと立ち上げる。

普通はここから、さらに中へテントを吊り下げるのだが、俺は真冬でもフライしか使わない。と言うより、もともと自立式の フライシートしか持ってきてないので、これで設営完了。フライシートに当たる、ポツポツと言う雨音を聞きながら、「ショパンには聞こえねぇなぁ」とつぶやき。

こんどこそ、安らかな眠りの世界へ落ちていった。

 

12時間ほど走った、二日目の話。

 

つづく

 

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