solo run

夏ツーリング

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2012.07.16 三日目 神室ダム〜田沢湖

〜雨とAMPくん〜

 

鳥の声に目を覚ますと、東の空が明るんでいる。

ボーっとしながら携帯を見れば、時刻はまだ朝の四時

「うぅ、寒い。さすがに山の朝は冷えるなぁ」

ごそごそとシュラフシーツから這い出し、ふと周りを見まわすと。

いつの間にか、駐車スペースにクルマが停まっている。

「おや、野宿のお仲間か。いつの間に来たんだろう?」

まったく気づかなかった。

クルマが来ても気づかないんじゃ、クマが出てたらイッパツだったね、きっと。

 

すがすがしい山の朝を満喫しながら、歯を磨いたり顔をウエットティッシュでぬぐったり。

それから荷物を仕舞って、出発の段取りをする。

三日目ともなると、ほとんど無意識、なにも考えなくても勝手に身体が荷物を片付ける。

 

朝はまだ寒いから、オフロードジャージとプロテクタの上に軍用ジャケットを羽織って。

さあ、出発だ。

今日は田沢湖を経由して八幡平へ行こう。

神室ダムのダム湖には、朝もやがかかっている。

太陽はまだ、顔を出してくれない。

「つーかコレだけ雲がかかってたら、どっちにしても今日は太陽を拝めないかなぁ」

なんて思いながら走って、国道に出たらそのまま北上。

とちゅう、コンビニに入って朝メシを買う。

「おや、どうやら晴れそうな気配じゃねぇ? そんな気がするぜ」

ちょっと喜びながら買い物のついでにトイレを済まし、意気揚々とコンビニを出ると。

思いっクソ降ってた。

毎度のコトながら、アテにならない俺のカン。

それでも大した降りじゃなかったので、軍用ジャケットの防水性を信じて、そのまま走り出す。

 

が。

10分も走らないうちに、雨脚が強まってくる。

う〜む、どうしようかなぁと悩んでると、やがて雨は弱まるが、その間にすっかりジーンズが濡れてしまった。いまからカッパを着ても、今度は逆にジーンズが乾かない。やがて雨が上がったので、そのまま走行風で乾かそうと試みる。空気は湿ってるものの、やがて足元が乾いてきた。

「ふむ、どうやらこの作戦はうまく行きそう……」

ポツポツポツ……

「うっそだろ、また降ってき……」

ばらばらばらばら!

景気よく振り出したので、カンペキに諦めがついた。目に付いた道の駅だかドライブインだかに飛び込んで単車を停め、荷物を空けてカッパを引っ張り出す。

せっかく乾きかけてたのに、スネのあたりがすっかり濡れてしまった。

 

急いでカッパを着込み、さあ出発しようかと思うと。

雨が上がって、明るくなってくる。

「くっそ、バカにしやがって。ベトナムじゃねぇんだぞ!」

と毒づいたあと、あきらめて気を取り直す。ここ二日間ほど、野宿場所で携帯が通じなかったから、存在をすっかり忘れてたが、天気予報を確認してやりゃいいじゃないか。タンクバッグから携帯を取り出して、アンテナが立ってることを確認したら、天気予報のサイトを開いてみる。

「ぎゃはははっ! マジか! このへん一帯、大雨警報が出てるじゃねぇか!」

ガッカリを通り越して、面白くなってきちゃった42歳。

 

カッパを着たまま走り出し、県道でショートカットしいしい田沢湖へ。

湖についたあたりで、いよいよ本格的に雨脚が強くなってきた。

「ぎゃはははっ! 前が見えねぇじゃねーか! こらぁどっかに避難しないと」

叩きつけてくる大雨に、爆笑しながらビバーグ先を探していると、ちょっとした東屋を発見。

このクソ雨で歩いてるヒトもいないだろうからと、単車ごと東屋の中へ。

濡れた服を脱いで、雨の当たらない場所へ広げたら、乾いた服を着込む。

 

それからまずは一服つけて、東屋から周りを見回すと。

雨の田沢湖は、暗く恐ろしげな雰囲気で、人のひとりふたり浮いてそうな気配だ。

ま、湖ってのはたいがい、殺人事件が起こるからね(言いがかりです)。

 

東屋のそばには、鳥居が立っている。

と、道を挟んだ反対側に神社があって、そこから雅楽の音色が聞こえてきた。

おだやかな和楽器の音色に、一気にやる気が消え去る。

「この雨の中、もう走りたくないな。幸い近くにドライブインがあるし、もう少ししてあそこが開店したら、食い物や酒の心配はないだろう。今日はもうあきらめて、ここでゆっくりすごそうか」

誰かといたら、まずどうしようかと悩んでしまうところだろう。

その点、めんどくさくなったら「今日は走らない」と簡単に決めちゃえるのが、ソロツーリングのいいところ。のんびりすることが決まったので、東屋の中に荷物を広げ、快適な環境を作ってゆく。ハンパな雨ならともかく、警報が出てるくらいだから誰も来ないだろうし、まあ、ジャマにはなるまい。

もし怒られたら、泣きながらバイクを押して、雨の中を歩こう。

それはそれで、ネタになりそうだし。

 

荷物を広げてコットを組み立て、あっという間に雨中リゾートの完成。

とは言えこの段階で、時刻はまだ七時半。

東屋から見えるドライブインもシャッターが下りてるから、まだ、買い出しには行けない。それにもし、奇跡的に大雨がそれて陽が出たらまだ走るかもしれないから、一応アルコールは飲まないでおこう。つわけでコットに転がり、大きく伸びをして目をつぶる。

雨の音がざぁざぁと響く中、風に乗って神社から、雅(みやび)な音色が届く。

「ああ、気持ちいいなぁ。まあ、これはこれで悪くないじゃないか」

そんな風に独り言をつぶやいてたら、いつの間にかオチてた。

 

二時間ほど眠っただろうか。

起きてみると雨は降り続いていたが、いくぶん小降りになっているようだ。

それにドライブインも開店している。もっとも、お客さんの方はもちろん皆無だ。寝て起きて元気になったのだが、そうすると今度は暇をもてあます。思索にふけるのも一時間がイイトコだし、第一、思索だの瞑想だのは俺のガラじゃない。

携帯を取り出して自分のサイトにアクセスし、小説を読み始めた。

【神々】の小説ってのは基本的に、俺が将来の俺のために書いた話だから、そらあ俺の好みにジャストなわけで。お茶を沸かして飲んだり、タバコをくゆらしたりしながら、時々ミクシィや他のサイトをチェックしたりしつつ、自分の小説を読んで悦に入る。

ま、言ってみりゃ究極のマスターベーションだ。

 

やがて雨がほとんど上がった。

いや、もちろん警報が出てるんだから、完全に晴れたんじゃなく単なる小康状態ってトコなんだが、ドライブインに買い出しに出るには充分だ。よし行こうとドライブインへ目を向けると、驚いたことに結構な数の観光客がやってきている。

「あら、こらぁ東屋を占拠してるのはよろしくないなぁ」

と思うのだが、かといって大雨警報が出てる中を出て行くのは嫌なので、せめてもう少しスペースを空けようと、広げていた服を一ヶ所に集める。それから上着を肩に引っ掛けて、ドライブインへ食料の買い出しに行った。つっても観光土産ばかりだから、あまりコレといったものはなかったんだが。

いや、この店の土産が悪いって話じゃない。

俺が東屋で暮らすためのモノがないって意味だ。

とりあえず、『みそたんぽ』だけ買って帰ってくる。

リュックの中にウイスキーがあるから、最悪アレがあればしのげるだろう(アル中の発想です)。

 

みそたんぽを食いながら、携帯で小説の続きを読んでいると。

ロードレーサーと言うのだろうか、タイアがアホみたく細い、軽そうな自転車に乗った青年が、東屋の中に飛び込んできた。彼も停まってるバイクは眼に入ってただろうが、まさかそのウラで、ベッドに寝転んだおっさんがリゾートを満喫してるとは思ってなかったのだろう。

明らかに驚いた顔をしている。

驚かしたままじゃ申し訳ないので、「こんちわー!」と笑いかけると、それで警戒を解いたのか、同じく挨拶を返してくれた。しかし彼は、どうやらカッパを着るために立ち寄っただけのようだ。リュックの中からカッパを取り出すと、手際よく着替えて、さっさと行ってしまった。

「あら、話し相手が出来たと思ったのにな」

まあ、たとえ雨宿りしに来たとしても、向こうが話したいかどうかは怪しいところだが。

 

雨の田沢湖畔(37秒)

 

 

自分の小説を読む合間に、ミクシィを見てみたら。

どうやら岩手のAMP(アンプ)くんが反応してくれてる。

なので連絡を取り、俺のケーバンなんかを教えて、AMPくんが会いに来てくれる段取りになった。AMPくんは、同じく岩手の亀くんも誘ってくれたようなのだが、都合がつかないとのこと。亀くんに会えないのは残念だが、AMPくんに会えるのは嬉しいから、それで帳消しだ。

それから連絡先をやりとしてると、なんとAMPくん、「家族と行く」とか言い出してる。

要するに家族サービスにかこつけて、田沢湖まで来てくれるのだ。こっち方面は大雨警報が出てるって言うのに、どうやって家族をだまし……いや、説得したのだろう。とにかく俺はこの事実によって、彼が優秀なネゴシエーター(交渉人)だってコトだけは理解した。

いつか俺がバイクを増車する時のネゴシエーターとして、任命したいくらいだ。

 

小説を読んでいると、やがて携帯に電話が入る。

どうやら田沢湖のレストランで、家族と食事をしたらしい。

俺のいる場所を教えると、ほどなくしてAMPくんが現れた。家族の乗ったクルマは、例のドライブインへ置いてきたようだ。かみと初めて会うのだから、家族に被害が及ばぬよう遠くに車を停めるのは、実に正しい判断である。嫁さんが美人だったら特に。

とりあえずお互い初対面の挨拶を交わし、ガッチリ握手。

岩手のCB750F乗り、AMPくん。

「かみさん、これ」

とAMPくんが手土産に差し出したビニール袋には、どっからどう見ても酒が入っている。

「おぉ! ありがとうございます!」

とたんに素っ頓狂なさけび声を上げる、42歳のアル中。

左のビールはベアレン。右のワインは月のセレナーデ。どちらも岩手の地酒。

こういう、マイクロブリュワリーやマイクロワイナリーの酒ってのは、大体において誠実な作り方をしている場合が多いから、好みの違いはあるにせよ、しっかりとした味わいの酒が多い。そして俺といえば、その手の酒にめっぽう目がないのはご存知のとおり。

「いやー、嬉しいなぁ。今日は買い出しにいけなかったから、ホントありがたい」

「どれも岩手を代表する地ビール、地ワインですよ」

嬉しそうに話すANPくんの笑顔に、なにやらこっちまで嬉しくなる。

いや、酒もらった嬉しさだけじゃなく。

 

こっからはふたり、好きな単車の話やツーリングの話、キャンプの話で盛り上がる。

ここしばらくキャンプツーリングをしていないというAMPくんに、キャンプ復活をそそのかしたり、亀くんの話を聞いて笑ったり、走りに対する考え方や、これからの単車との付き合い方など、とても興味深い話題に、俺としてはめずらしく酒を入れないで話した。

単車に乗ってるだけで、初めて会っても突っ込んだ話をできるのは、やっぱ嬉しいね。

 

とは言え、AMPくんは家族をだましてサービスの途中だ。

再会を約して挨拶を交わしたら、雨のそぼ降る中、家族とともにクルマで帰っていった。

AMPくん一家の乗ったクルマを見送り、嬉しい出会いにほくそ笑みながら振り返れば。

ポツンと残される、ワインとビール。

とたんに顔がだらしなく崩れる42歳。さっそく栓を抜いて、味あわせていただく。

気に入った相手に世辞を言う気はないから、忌憚のない意見を言わせてもらえば。

ワインは俺の好みからすると甘すぎた。女性でも酒好きだと甘すぎると感じるんじゃないかな? 対してビールの方は黒とブラウンで、どちらもドッシリと濃い味の、実に俺好みの酒だった。次に岩手を訪れた時には、また呑みたいなと思う。

いや、通販だってやってるだろうけど、できれば地元で飲みたいじゃん?

 

「いやー、やっぱ面白い男だったなぁ。こんだ一緒に走りたいもんだ」

独り言ちながらベッドへ寝転び、岩手の酒を呑みながら小説を読んでいると。

今度は旅行者然とした白人が、首から提げたカメラで景色を写しながら、東屋の中に入ってくる。ひととおり田沢湖の写真を撮ってから、ふいにこちらへ振り向いた。俺はすかさずニカっと笑って、「こんちわ」と声をかける。すると向こうもニッコリ笑顔を返しながら。

「コンニチワ。写真を撮ってもいいですカ?

「お、俺を? いや構わないけど……そんじゃ、どんなキメポーズで……」

フツーにしてて下さイ」

そう言われても困るんだが、しかたないので酒を呑んだり携帯を見たり。すると彼は俺の周りをうろうろしながら、パシャコンパシャコンとシャッターを切ってゆく。要するに風景の一部として撮られてンだが、それでもこんな風に撮られるのは、なにやらくすぐったい。

「う〜む、もう少し痩せておけばよかった」

へんな後悔をしていると、ようやく満足したのか、彼が人懐っこい笑顔で近づいてくる。

 

「日本は観光? それとも長いの?」

「え? ああ、ここへは観光ですが、秋田に三年すんでまス」

「へぇ、秋田にね。写真を撮りに?」

「コレは趣味でス。英語の先生をしてまス」

「英語の先生かぁ。秋田弁むずかしくない?」

そう聞くと彼はものすごい複雑な表情で、「むずかしイ」と苦笑した。

その顔がやけにおかしくて、思わず声を上げて笑ってしまう。俺は英会話などもちろんビタイチできない。しかし、まったく人見知りせず、ムダにフランクなのが売りだ。それに、向こうが日本語に堪能なので、意思の疎通は充分に出来る。

彼はテキサスの出身で、学生時代に日本を訪れて以来、その魅力にハマったらしい。

卒業後、こちらへ英語の教師としてやってくると、休みの日にはカメラをもって東北の景色を撮ってるんだそうだ。「東北は美しい。日本は美しい」と何度も言うので、なにやらむちゃくちゃ嬉しくなってしまった。俺はニッポン人なんだと、日本を守りたいと心から思った。

彼に英語を教わってる東北の学生は、きっと幸せだね。

 

「東北以外の場所はいった?」

「東京と、千葉と、三重に行きましタ」

「おぉ、俺は千葉なんだよ! 三重にも友達がいるんだ! 京都は見た?」

「一度だけ。今度ファミリーが日本へ来るので、そのときにまた行きます」

「向こうに知り合いがいるなら、案内してもらったほうがいいんだけどな。京都は見るところが色々あるし、日本独特の風俗だから、知らないと行けない場所もあるんだ。京都の人が言ったことを、そのまま鵜呑みにしちゃだめ、なんて話もあるしね」

「ああ、聞いたことがありまス」

有名な京都のエピソードを話したり、日本の文化を語ったり。また逆に、「俺のバイクはアメリカ製だ」なんて話をしたり。雨の中、東北の湖のほとりで、テキサスの男と千葉の男は、お互いの国の文化を語り、国への誇りを語り、旅先での出会いの楽しさを語った。

降って湧いたような、実に楽しい時間だった。

 

やがて宿の時間だとかで、彼は握手をすると帰ってゆく。

俺はまたひとりベッドに腰掛け、岩手の友人が奢ってくれた酒に舌鼓を打ちながら。

雨の湖畔に流れる、ゆっくりとした時間を楽しむ。

走れなかったのは残念だけど、それを補ってありあまるほど楽しい出会いがあった。ひとり曲がった道を楽しむのもいいが、こんな風に過ごすのもまた、旅の醍醐味だろう。AMPくんや亀くんと一緒に、岩手のワインディングで走れる時を楽しみにしながら。

俺はのんびりと酒盃を口元へ運ぶ。

三日目の夜は、雨音に包まれながら過ぎていった。

 

本日のルート<グーグルマップ>

 

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