solo run

雨の夏ツーリング

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2012.08.13 四日目 四国中央〜大杉

―イエスタディ・ワンス・モア―

 

目を覚ましたとたん、誰かがアタマを万力ではさみつける。

ギリギリと音が聞こえそうな頭痛の中、酒臭い息を吐きながら起き上がると、窓から見える相変わらずの曇り空にガッカリと肩を落とす。ちょっと動くだけで胃袋がでんぐり返りそうになるのをこらえ、昨夜の宴会のあとを少し片付け、荷物を担いでオモテに出た。

朝6時、準備を終えた俺は、地図を開いて向かう方向を決める。

昨日まではフェリーで大分に渡ろうと思っていた。しかし、向こうへ行ってるナオミに連絡を入れると、どうも待ち合わせるタイミングが合わない。そんじゃ熊本か鹿児島にでも……と思ったら九州も雨の予報。だったら高知を回って、カルストあたりで一泊ってところかな。

だいたいの方向が決まったので、アジトに向かって一礼し、俺は走り出した。

 

高知へ向かうには、国道32号線に乗ればいい。

地図を見ていると、その32号へアクセスする途中に、ちょっと面白そうなワインディングがあった。

だったら、なんとか天気がもってる間に、少しでも曲がり道を走っておこう。

11号から国道319号へ入ると、せまい国道はすぐにぐねぐね曲がりだす。

目の前に海が広がり、その海岸線に街があり、振り返った背後はすぐ山。街中の国道からほんの1キロで、あっという間にワインディングと言う、単車乗りには天国とも言えるロケーションだ。いつか住むなら、こういうところに住みたい。

あ、でも山口の、『どの道もすべてきれいに舗装してある』のも捨てがたいなぁ。

いや、東北の、『国道だろうがドコだろうが全部ワインディング』ってのもいいし。

う〜ん、迷うなぁ。

 

痛む頭でそんなことを考えつつ、体重移動のたびにリバースしそうになりながら。

山を駆け上がって振り返ると、そこには燧灘(ひうちなだ)と、海岸沿いの街並み。

気持ち悪いと言いつつも、曲がり始めれば何とかなっちゃうのが、かみさんクオリティ。激しく曲がりくねる山道を、右に左に、上に下に。ハーフウエットの路面ながら、それなりに楽しく走ってゆく。すると、目の前にトンネルの入り口が見えた。

『法皇トンネル』という大仰な名前とは裏腹に、中はやたら薄暗くてせまい。

トンネル内は、ところどころすれちがいのため広くなってるほかは、基本的に一車線でせまっ苦しい。なのに長さだけは2キロほどもあるので、「対向車くんなよー!」と祈りながら抜けてゆく。もちろん、来たら離合ポイントですれ違えばいいんだが、今はそういう作業がめんどくさいのだ。

二日酔いで気持ち悪いから。

 

トンネルを抜けた先には、金砂湖が広がる。

ここも人造湖なのだが、自然だろうが人造だろうが、綺麗な湖であることは間違いない。

 

「うおー! キレイじゃねぇか! 晴れてるときに来たかったなぁ」

それと、できれば二日酔いじゃない時に。

 

湖だけじゃなく施設もきれいで、俺の『野宿魂』をソソる。

つっても、ココまで来て兄貴のところに寄らないってコトはありえないから、俺がここで野宿をすることは一生ないだろうけど。一緒に来るつったって、ここじゃ火遊びできないし。どうせ兄貴と遊ぶなら、やっぱ深い山の中で火を焚きたいところだ。

 

山から朝もやが立ち上り、幻想的な風景を描く。

しばらく金砂湖をながめたら、それじゃあワインディングを走ろう。

意気揚々と走り出してすぐ、俺は自分が重大な勘違いをしていることに気づいた。

 

地図が『国道表記』だから油断してたが、ここは四国の山の中なのだ。

間違いでも冗談でもなく、ディスイズ『国道』329号線。

一部がこうなんじゃなくて、ほぼ全域がこんな感じ。

 

幻想的な景色は確かに美しいのだが。

 

如何(いかん)せん足元がコレ。

体調最悪のところへ、この道なもんだから、正直、嫌な予感しかしない。とにかくコケたり事故ったりしないよう、充分に気をつけて走ろう。気を引き締めていると道が倒木、いや倒竹でふさがれていた。俺の上腕より太い、立派な竹がさえぎる前で、単車を停める。

「いよいよもってケモノ道じみてきたなぁ」

苦笑してると、向こうから四駆が一台やってきて停まった。すかさす笑顔で、

「おはようございます! 今、どけちゃいますね」

「ありがとうございます! あ、そのくらいでもう大丈夫、通れますよ」

朝っぱらからこんなところを走ってるもの同士、なんとなく親近感を覚えながらアイサツしてすれ違う。俺が竹をチカラワザでどけ、四駆がその横を通り過ぎる。おたがい手を振ってそれぞれ西と東に分かれ、また、せまっくるしい林道を走り出した。

 

走っても走っても、ひたすら続く曲がりくねった林道。

コレが国道だというのがまだ信じられないが、俺が信じようと信じまいと道はそこにあるだけ。

ちょいちょい美しい風景が心を癒してくれるのだが、なんつっても20キロの林道だ。

それも容赦ないアップダウンが続くので、いくら舗装されてても、やっぱりかなりしんどい。へたすりゃフラットダートの方が楽なくらい。それでも前に進むしかないので、えっちらおっちら走ってゆくと、いくつめかの坂を登りきったあたりで、ついに視界までが、白いものに包まれた。

 

山を包んだ靄(もや)は、もはや雲海とかそれ以上の濃密さ。

とは言え、どっちにしろ速度を出せる道じゃないから、目のまえを気づかいながら、同じようにたんたんと進んでいくだけである。今まで何度か不安な思いをしたせいで、山の中に行く前には必ずガスを満タンにするクセがついてるから、ガス欠の心配はない。

それより気になるのは、時々シールドをぬらす水滴だ。

「これは雨じゃない、これは雨じゃない、これは雨じゃない」

碇くんばりに連呼しながら、山の中を進んでゆくと。

思いっきりガケの中腹に建った民家が見えた。

「うおぉ、すげぇトコ住んでんなぁ。景色はいいだろうけど、ちょっと天候が荒れたらタマヒュンだな」

住人に聞かれたら殴られそうなことをつぶやきつつ、残りの林道国道を走り続ける。

 

やがて道が開け、高知へ向かう国道に合流した。

今までと、『濡れた下りの山道』という条件は同じ。

でも、道幅が広くて視界が開けてるだけで、ずいぶんと安心感があるからだろう。精神的には一気に楽になった。そしてそのとたん、急激に胸の中からこみ上げてくる吐き気。緊張が解けたからか、一気に気持ち悪くなり、とりあえず道端に単車を停める。

何度か『えずく』ものの、なんとか持ちこたえた俺は、タバコを吸う気にもならず、走り出す。

 

道が広くて走りやすくなったら、とたんに雨が降ってきた。

だが、さっき道端で吐きそうになったとき、ついでにカッパを着こんでいたから、物理的な問題はない。

むしろ問題なのは精神で、出来るものなら雨に殴りかかりたい気持ちだ。

美しい峡谷を眺めつつ走って、途中のコンビニで休憩をとる。

ウコンドリンクだの、飲みすぎの薬だの、スポーツドリンクだのを買って出てきた俺の目に、ホント、こんな状況ではゼッタイに見たくない光景が映し出される。ジメジメシトシト不快な雨が降る、国道沿いのコンビニで、俺は思わず大声を上げた。

「あぁ! なんだこれ!」

なんだこれつーか、どう見ても間違いなくサビだ。

かがむと気持ち悪いのをガマンしてしゃがみこみ、汚れをよく観察すると、どうやらブレーキ系は大丈夫。反対側にも出てない。ホイールの右側、ベアリングのあたりから出てるようだ。おそらくベアリングがイカれてガタが出、そこに連日の雨で水が入り込み、サビたのだろう。

「こらぁビューエルさんつーより、クソ雨のヤツが悪いんだな」

まあ、イチバン悪いのは、俺の整備の腕なんだけども。

 

思わぬトラブルで、連日のイライラが頂点に達する。

正直、もう、とっとと家に帰りたい。

このとき初めて、「家に帰る」と言う気持ちが湧いた。長いソロをやり始めたころならともかく、ココ最近では珍しいことなんだが、ホームシックというよりは、帰って仕切りなおしたいと言う気持ちになってきたのだ。そしてこの気持ちは、この日一日でずいぶん成長することになる。

 

ガッカリした気持ちのまま、俺は赤さびたユリシーズにまたがって32号を走る。

大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)と言う美しい渓谷を眺めながらも、写真でわかるように雨は容赦なく降り続ける。遅いクルマをぶち抜くのは、ウエット路面と視界の悪さと、なにより俺のテンションがついてこないので危険だ。

なので、ぼんやり渓谷を眺めながら、たんたんと南へ。

 

気持ちは凹みつつも、さすがは四国。

ひたすら絶景が続くのは、やはり気分がいい。

ココからしばらく、大歩危小歩危あたりの絶景を見てもらおう。

靄(もや)のかかった幻想的な風景も悪かないが、青空なら緑がもっと輝いて、さぞかし綺麗だろう。

 

山々のグラデーションと靄が、実に不思議な空間を演出する。

とは言え、道路はフルウエットなので、走りの方は楽しくない。

 

ここは水も含めて緑がたまらない色合いだった。

奥入瀬の時もそうだったけど、色んな緑が重なってる画が、俺は好きみたいだ。

 

中国かどこかの山の中といった風情。

向こうの方から、小さな船に乗った旅人が現れそうな感じだね。

 

渓谷を眺めながら写真を撮り、凹んだ心を慰めていると。

『大杉』という道の駅があったので、飛び込んでトイレ休憩。数台の単車が雨宿りしてる間に入り込み、アイサツしつつトイレに入って用を済ます。このころになると、二日酔いもいくらか楽になったので、じっくりと地図を眺めても気持ち悪くならない。

と。

東屋に座って地図を広げようとした俺の目に、『日本一の大杉』という文字が飛び込んでくる。

ワインディングは楽しめないし、せめて観光でもしてやろうと、案内に沿って走ってゆくと。

どうやらここに、その大杉があるようだ。

まずは右の祠(ほこら)を見ようと階段を上りかけると、おばさんの声に止められる。振り返ると案内所があったので、あわてて戻り入場料を払った。「神社へ入るのに入場料か」とも思ったが、まあ、お賽銭の代わりだと思えばいいだろう。

 

改めて祠へゆくと。

これは山下奉文(ともゆき)陸軍大将のお墓だった。

ここの大杉は、山下大将が自身の雅号『巨杉』の元とした杉なんだそうだ。

鳥居の端から一礼をして中に入ってゆくと。

 

小ぶりだが立派なお社(やしろ)が建っている。

 

そして、お社に向かって左手に、巨大な杉が立っていた。

正式には『杉の大スギ』と呼ばれるこの杉は、『神社に見られる杉』としては日本最大。

調べてみたら、屋久杉も含めて日本一とか日本最大とか、杉は色々あるようだ。もっとも俺にとっては、実際にどれが一番とかはどうでもよく、この杉の巨大で荘厳な姿を、素直に神々しいと思った。そして、神木と言うのはそれで充分だし、それがすべてだと思う。

 

サイズ比較用に、他の観光客を入れて撮ってみた。

それから上の写真の碑(いしぶみ)のところまで行き、

下から写真を撮ってみた。

が、やっぱり俺の腕と知識では、杉の巨大さをあらわすのはムリっぽい。

もうちょっとだけ、写真の勉強しようかな。

 

そのあと、境内(けいだい)にある、『日本一大杉資料館』を見学。

大杉の資料館と言うよりは、歴史資料館みたいな感じだった。

 

満足して資料館を出ると、雨脚がだいぶ強くなっている。

「はは、もういいよ。あきらめたよ」

力なく苦笑した俺は、ユリシーズにまたがると、杉の大スギをあとにした。

 

後編に続く

 

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