2010.10.01-02 スピーディ
十月一日の金曜日、仕事をしてると「今夜、お邪魔してもいいですか?」メールが入った。 『最速』Rからだ。 その晩、ノックの音に「Rか?」とドアを開けると、立っていたのはじゅん。 「おう、じゅんも来たんけ。まぁあがれ、あがれ。つーかRは?」 「パンクです」 「ぎゃははは、置いてきたん?」 「姿が見えなくなったから電話したら、パンクして高速を降りたらしいんです」 「大丈夫なんけ?」 「パンク修理剤あるって言ってましたから」 「ああ、んじゃ大丈夫か」 とりあえずビールを開けながら、「じゅんはどうする?」つーと、「Rさん来るまで」と答える。さすがに、律儀だなぁ。俺なら先輩だろうが誰だろうが、ゼッタイ先に飲んでるけど。んで、俺だけ呑んだくれながら、じゅんと話しこんでいると、やがてRがやってくる。 「じゅんてめー、置いていきやがったな」 「だって、俺にできることないじゃないですか」 「かみさん、聞いてくださいよ。250hs(ハーフスピード=1/4時速)くらいで走ってたらパンクしたんで、とりあえず降りてスタンド行ったんです。そしたらじゅんから電話があって、『なにかやることあります?』って聞くから、『さびしい』って答えたのに、こいつシカトして行っちゃうんですよ』 や、まぁそれは俺もきっとシカトして行っちゃうだよ。
とりあえず、事故った俺の身体を心配してくれてるので、大丈夫な旨を伝え。 さぁ、宴だ。 最初はビールを呑(や)りながら、近況やバカ話。 Rはナオミに気を使ってくれてるようで、単車系の話より普通の話題を選んでくれる。新婚の(ところで新婚っていつまでなんだろう?)じゅんをからかったり、うちに遊びに来る面白い連中の話。Rの友人や知り合いの話。ケタケタ笑いながら、色んな話をしつつ杯を干してゆく。 とは言え、最速のオトコに悪魔のケーロク乗りが相手だ。 ビールがワインに切り替わるころには、やっぱり単車の話になっていくのは当然。ここには書けない色んなヤツの話や、R&じゅんの実体験からくる貴重な話。タイアの話に乗り方の話。時にはアツく、時には笑いながら、俺の大好きな話が続く。
単車の楽しみは、速い遅いだけではない。 だが、速い遅いは単車の楽しみのひとつとして確実に存在するし、大勢の男を魅了するのも間違いない。他者と戦って生きる場所と家族を守る。そして増えた家族のために、新たなテリトリーを広げるべく、また戦う。男という生き物は、本能的に闘争を求める。 社会が複雑になったせいで、戦い方も多種多様になったが、本質は同じだ。 そして、そんな数ある戦い方の中で、単車で速い遅いを競うというのは、トップクラスに命に関わる。『死』というものに厚いベールを幾重にもかぶせた現代、下手をすれば格闘技以上に直接命をやり取りする争いだ。だから男は本能的に、その世界に惹かれるのだ。
だが、人間は生物の中で唯一、死を想像できる。 「こうなれば死ぬ」と想像できるから、その本能にストップをかけて、死なないように生きるのだ。それでも心のどこかに、命を賭けて戦うことへの憧憬(あこがれ)みたいなものがあるから、否定しようが肯定しようが、その世界から目を離せないのだ。 だから俺は、「俺が最速。いつでも証明する」と言い切るR、このオトコから目を離せない。 目標にするには遠すぎるが、それでも目を離せないでいる。
滴(したた)るほどの濃厚な、そして芳醇な時間をすごし。 翌日仕事の俺は、ひと足先にベッドへもぐりこむ。 布団を引っかぶっても聞こえてくる、「スピードに魅せられた男たち」の話を心地よく聞きながら。
あけて二日の土曜日。
眠ってるふたりの姿に微笑みつつ、二日酔いの頭を抱えて俺は仕事へ向かう。 ま、三人でワイン五本空けてるからね。
土曜の定番、終わり間際にやってきたGOと一緒に帰宅すると、Rとじゅんはマンガを読んでいた。久しぶりに会うGOとRが話してるのを楽しく聞きながら、PCやったり本を読んだり、時々ふたりの話に加わったり。俺が帰るまで待っててくれたので、みなで遅い昼食をとったり。
「お、今日はパスタか。最近のナオミの得意技、ネギ油パスタだな?」 「味付け薄いから、適当にクレイジーソルトでも振ってねー」 「はーい。ふりふりふりふり」 「あははは、じゅん君はやっぱり北の人なんだねー」 「いや、思いのほかかけ過ぎました。塩のスポットが出来ててしょっぱい」 「ぎゃはははっ!」 のんきな昼下がり。
やがてRが帰ってゆき、GOとじゅんは読書大会。 すると俺のケータイが鳴る。着信を見ると、房総のでっかい変態からだった。 「もしもーし! お久しぶりですpoitaさん」 「今、柏インターを下りたところなんだけど、寄っていい?」 「もちろんですよ」 てなわけで、超お久しぶりにpoitaさん登場。
GOのSL230と、poitaさんのB−KING。 SLは前のオーナーが残念。BKは今のオーナーが残念。つもる話があるだろうね。
今日はBKクラブのミーティングだったそうだ。 イロイロ面白い話を聞いたんだが、その辺はご本人が書くだろうから割愛。
お初のGOとじゅんがご挨拶したら、宴の開始。つっても今日は、ノンアルコール宴会だ。 久しぶりとは言え、ブログやサイトでお互いの近況はわかってるから、昨日あったばかりのダチのように普通にバカ話を始める。poitaさんが行ってきたBKミーティングの話で苦笑いし、poita妻Yちゃんの話で大笑い。そしてもちろん、単車の話で盛り上がる。 poitaさんとの出会いは、ロケットIIIだった。 俺がロケットに乗り始めサイトやブログを見て回ってた時、他のロケット乗りはオトナでまともなのに、ひとりだけ、『どうにも気に喰わないヤツ』がいて。ところが、一緒に走ってみれば、そいつは口だけじゃなく、キチガイみたいにすっ飛ばす、気持ちのいい男で。 仲良くなってから互いに確認してみれば、どうやら向こうも似たようなことを思ってたらしくて。 キャスタとの出会いからRに繋がったように、このヒトとの出会いからmotoに繋がった。ところが、かつてmotoに師匠と呼ばれていたこのオトコは、転勤や休日の体制が変わったあたりから、キチガイに陰りがさし。一時期はmotoとふたりで「poitaさん、どうしちゃったんだろう」と話したほど。 そして、最近は奥様Yちゃんとふたりで、トコトコツーリングを楽しんでいる。
が。 話してみればやっぱり、このオトコはpoitaさんだった。 poitaさん以外ではありえなかった。 妙な威勢を張るでもなく、BKですっ飛ばすことに恐怖を感じることを素直に話し、奥さんと友達のようにツーリングに行くことが楽しいと笑顔で話し、その上で「そうやって落ち着いている自分の姿に、違和感を感じてならない」と、彼は照れたような笑いを浮かべる。 その含羞(はにかみ)の笑顔は、俺の知ってるpoitaさんだった。
300hsに近づくような走りに恐怖を感じるのは当然だ。増してBKはロクなウインドプロテクションもないのに、エンジンパワーのみで250を軽く超えてくる、最強、いや最狂のネイキッドである。そいつを振り回し、あるいはぶっ飛ばしてゆくのは、相当にしんどい。 その上、我々は体力気力、集中力が衰えてくる年齢だ。 事実、それを言い訳にしているヒトはたくさんいる。 だが、それをイイワケせず素直に認め、その上で自分なりの戦い方を模索しているこのオトコは、俺がはじめて会ったとき背中を見せ付けられた、あのでっかいオトコだった。詳しい話は書かないけれど、poitaってヒトは『盆栽』ではない。断じて、違う。 家族の話をしながら笑うpoitaさんを見つつ、俺は嬉しくてニコニコしっぱなしだった。
例えばGOという男がいる。 ツアラーを自称し、実際にのんびりと走ることができる。まあ、その距離が超人的というかむしろ殺人的なのは、この際、置いておくとしても、普通のマスツーリングに混じって走ることができることは間違いない。しかし、いったん牙を剥けば、その速さとキレには目を見張る。 狼の牙を隠して、羊の皮をかぶっているのだ。 彼はただ単に、ゆっくり景色を楽しんだり、いろいろな場所へ行くことの方に、速さ以上の価値を置いているだけで、速く走れないわけじゃない。むしろ気合さえ乗っていれば、後ろで見る者に寒気を感じさせるコーナリングは圧巻のヒトコトだ。 そして、それでもGOはツアラーであることが好きで、だからツアラーなのだ。
例えばじゅんと言う男がいる。 それまでキチガイのようにすっ飛ばしていたオトコは、結婚を機にその速度を若干緩め、妻とともにサーキットで走ることにウエイトを置く。結婚し大人になり、虎の牙は丸くなったように見える。少なくとも、一見すればそう見える。しかし牙が丸くなったように見えるのは前から見てるから。 横から見れば薄くカミソリのように研ぎ澄まされ。 その鋭さは、むしろ増している。
例えばpoitaという男がいる。 かつて機械の限界までしごき倒すことを身上としていたオトコは、衰えるという事実に逃げを打たず真っ向から立ち向かう。200オーバーでやれないなら200以下でやればいい。最高速が低くなったなら、そこまでの加速を磨けばいい。泣き言を言う前に、やれる事をやればいい。 巨大な黄色熊は、膂力(りょりょく)の翳(かげ)りを、魂と老練さで帳消しにする。 その腕のひと振りは、相変わらずの殺傷力を秘める。
そして、Rという男がいる。 最速に価値を見出すことは、誰にでもできる。だが、その価値観を体現し維持し続けることが、どれほどの困難を伴うのか。もちろん俺に知る術(すべ)はないが、想像することはできる。己が最も重きを置く、『速さ』。その速さを公言し、速さを見せ付け、速さを維持し続ける。 ものすごい重圧と緊張感。俺なら吐き気を抑えられないかもしれない。 獅子は欺かざる。いかなる時も、どんな相手でも、最速を証明する。それを公言し、それをやってのけることで、彼は最速を証明し続けている。器用で優秀な男だから何をやってもソツなくこなす。だが、彼は他のナニモノでもなく、速さのみを持ってその場所にいる。 獅子はただ、君臨するのだ。
時間差で全員が顔を合わせることはなかったが、四人のオトコがウチを訪れてくれた。 そしてその四人とも、俺の魂を、俺の漢(おとこ)を熱くしてくれた。 スピードを隠し、あるいはスピードを追い、あるいはスピードを証明する。 男たちは、どうにも男らしい微笑を浮かべる。
俺は彼らの笑顔に惚れ、彼らのまぶしさに目を細め、彼らのカッコよさに少し嫉妬する。 そして自分のゆるんだ顔を見て、ため息をつきながら、痛んだ身体をさする。
だが。 それでも。
俺の拳(こぶし)は、強く握られているのだ。
|