solo run
カブの旅
2012.07.28 あの日見た花の名前なんぞ俺の知ったことか ―往路―
はじめてあの動画を見たのは、いつのことだっただろう。 北海道のローカル番組、『水曜どうでしょう』の『原付東日本縦断ラリー』を、確かYOUTUBEで見たんだったか。そこから一気にどうでしょう藩士(ファン)になってしまい、ダチのうわばんに頼んで、ほぼすべての番組を見たのだが、それはまた別の話。 その後も、『西日本』や『ベトナム』そして近作では、『日本列島制覇』と見続け。 そして、見るたびに思っていたのだ。 「俺も原付に乗って旅をしたい」 と。
ナオミがカブを手に入れた当初は、虎視眈々と『その機会』を狙っていた。 しかし、敵もさるものひっかくもの。俺が『水曜どうでしょう』にドハマリしてるのは承知している上に、単車に乗ったら疲れを忘れて延々と走り続ける人間だということも分かっている。せっかく新車で買ったカブを、『そんな男』に渡したが最後…… というわけで近場や通勤、一緒に走るときくらいしか貸してもらえなかった。 「ま、そのうち俺もカブを買えばいいや」 俺の方もあきらめて、そんな風に考えていたのだ。 ところが、ここで思ってもみなかった風が吹く。
1)ロングツーリングで、ユリシーズのオイルもれが悪化。ついに入院した。 2)俺は単車がないと元気がなくなる。 3)週末は山賊宴会だ。 4)借りた代車は、持ち主のタクが「途中で止まったらごめんなさい」と言うほどの逸品。
コレだけ材料がそろえば、あとは小さな声でお伺いを立てるだけだ。 「ナオミさん、山賊宴会に行きたいので、カブを貸してくれまいか?」 「…………わかった、いいよ」 短い沈黙の中に葛藤はあったのだろうが、最終的には、快(こころよ)く貸してもらえた。 さあ、長いことくすぶっていた俺の中の炎よ、カブ魂よ。 今、燃え上がる時が来たのだ!
長い前フリだったが、そんな経緯で念願の『カブの旅』へ出ることになったかみさん42歳。 往復400キロの距離で、しかも一泊。本来なら、イージーなツーリングだ。旅なんて大仰な言葉を使うのはおかしいかもしれない。しかし、まず『相棒がカブ』という非力な単車であり、さらに仕事を終えた『午後から出発』、しかも『山の中を登ってゆく』という悪条件が重なっている。 未知への挑戦と言う意味で、俺の中でコレはもはや旅だ。 「なんとか明るいうちに到着したいなあ」 ここんとこ感じたことのなかった、ツーリング前の軽い緊張感に武者ぶるいしつつ。 7月28日、13時20分。 キャンプ道具を積んで、俺は走り出した。
渋滞してる呼塚(よばつか)の交差点を過ぎ、16号線をすり抜けながら進む。 「どこかでグローブを買っていかなくちゃ」 穴の開いたグローブは捨てる予定なので持ってこずに、そう考えていた。オフロードかモタードのグローブが欲しいのだが、通りがかりのバイクパーツショップで、気に入ったものを手に入れるのは難しいだろう。ならば今回は、コンビニで作業手袋でも買おう。 「無駄にはならん。旅が終わったら、エリック牧場(パーツ置き場)で使えばいいしな」 そんな風にとりとめのないことを考えながら進んでゆき。 あまりの暑さに心折れて、とっととコンビニへ入る。
冷たいお茶とグローブを買ったら、さて、旅はまだ始まったばかりだ。
クルマの間をすり抜けてガンガン進む……のは、すぐにめんどくさくなる。 なんたって、カブが実用として使えるのは、80スピードくらいまで。最初こそ、「急がなくちゃ」の気持ちでがんばっていたが、16号を走ってる段階ですでに、あまりの暑さとめんどくささにやる気をなくし、あとはたんたんと走ってゆくようになった。 と、一台の軽自動車が目に止まる。 リアウインドウに、水曜どうでしょうステッカーが貼ってあるのだ。 それを見た瞬間、俺の中に いや、ホモ的な意味じゃなくて。
やがて信号が変わり、俺は軽の前を走り出す。 クルマの流れが安定したのを見計らい、おもむろに左手を頭の上に。YMCAのMを、片手でやる感じ。そして今度は、その手を上げて手のひらを上に。YMCAのYだ。さらに、カブの上であぐらをかく。水曜どうでしょうではおなじみの、一連の動作を終えてから、反応をミラーで確認。 すると、俺の意図を正確に読み取ったお兄ちゃんは、ケタケタ笑っている。 それから隣のお姉ちゃんに何ごとか話しかけ、お姉ちゃんも苦笑した。 俺の心が達成感に満たされる。
やり遂げた満足を胸に、信号待ちで停まったとき、振り向いて手を振る。 ふたりが手を振り返してくれたのを確認し、満面の笑みを浮かべたら(半ヘルだから顔が見える)、俺は意気揚々とクルマの列を抜いて先頭へ出た。こうなったら、どうでしょうのステッカーを貼ってるクルマのすべてに、俺の雄姿を見せつけてやろう。 そう決意したのだが、残念ながらこの後は、その機会に恵まれなかった。
溶け出しそうな蒸し暑さの中、ようやく分岐して県道へ。 高崎へ向かう国道を目指して走る。 前を走ってるバイクの車種がわからなくて、よく見ようと近づいたら。 『あおった』と勘違いされたのか、お兄ちゃん、黄色線をまたいですっ飛んでいってしまった。 「そ、そんなつもりじゃないんだよぅ。こっちはカブなんだよぅ」 気弱になった武丸みたいな口調でつぶやくと、仕方なくトラックの後ろをくっついてゆく。
やがて道は国道354へ出た。 ここからしばらくは、ひたすら国道を進んでゆくだけ。 だけなのだが。
「暑い」
ダレた感じで「暑ぢぃ〜」と文句たれる余裕さえなく、わりと真剣につぶやくほど暑い。 直射日光が狂ったように照りつけ、周りには影になるものもなく、道路はジリジリ焼けただれる。足つきがいいってことは、その『アスファルトで出来たフライパン』からの距離が近いということで。俺はまっすぐな道路の上で他に出来ることもなく、ただひたすらオーブンに焼かれてゆく。 汚れや風から守ってくれるレッグシールドは、貴重な風をさえぎるだけの役立たず。 「なるほど、ベトナムもこんな感じだったのかな。こらぁ画面からじゃ伝わらないわ」 などと妙な感心をしながら、次の瞬間には自分が『さらに暑い日本有数の酷暑地帯へ向かって走っているのだ』つーことに気づき、心の底からゲンナリする。思っても仕方のないことだと理解しながら、俺は何度も、「これがユリシーズなら」と考えてしまった。 目的地までの距離と、それに対する残り時間。 カブの進まなさと、それによってより強調される猛烈な暑さ。 さすがに、「単車に乗れば何でも楽しい」と豪語していた俺も、少しへこまされている。
東北道、館林ICのてまえ、板倉あたりの信号待ちで停まったとき。 『雷電神社』という看板を見つけたので、思わずカメラを向ける。 やがて信号が青に変わったので、走り出そうとした瞬間、後ろのクルマがホーンを鳴らした。 カメラを構えていたから、「すぐ走り出せない」と思ったのだろう。しかし、俺はカメラを首からぶら下げているだけだから、すぐに発進できる。実際、アクセルをひねって少し進みかけていたのだ。そこへ「プッ」ではなく「プーッ!」っと鳴らされたのである。 さっきから太陽に照らされてイライラしてるトコもってきて、そんなん喰らったから、さあ大変。 「っせーなコノヤロウ! 別に遅れてねぇだろうがっ!」 思わず振り返りざま、脊髄反射で怒鳴ってしまった。
なんだコノヤロウ的にドライバーが降りてくれば、ネタ的には面白かったかも知れないが。 ドライバーはフツーに固まってしまい、俺も走り出しながら自己嫌悪。みるみる車間距離をとってゆく後ろのクルマを、ミラー越しに眺めながら、「いかん、いかん。暑いのは別にあいつのせいじゃないじゃん」と反省しつつ、せめて彼のために速度を上げようと、カブのエンジンにムチを入れた。 もっともコレがきっかけで、以降、他車に怒ることはなかった。 反射的に怒り、そのあと反省したことで、気持ち的に切り替えできたのか。 このあとは、も少し平常心を保って走る。 とは言え、俺がナンボ心を入れ替え『心頭を滅却』したとしても、快川紹喜には遠く及ばない。平常心のチカラがどれだけすごかろうと、暑いもんは暑いので、休憩を入れて水分を補給することにした。桐生に入ったあたりで、目にとまったコンビニへ飛び込み、一服しつつ給水。 ここでミクシィにつぶやき、現地の連中に現在地を教えようとしたのだが。 「あ、ダメだ。現場はクソ山の中だ。携帯なんか使えねぇぞ」 給水したせいで、ぼーっとしてた頭が少し働きだしたのだろう。そう気づいた俺は、「んじゃ、行くしかねぇな」とつぶやいて、メットをかぶるとカブにまたがる。ここまでで、『全行程200キロ』の半分。先はまだまだはるか遠くだが、山間部に入れば暑さも和らぐだろう。 その期待だけを胸に、俺はトコトコと走り出した。
だだっ広い50号へ乗って、北西へ向かって走る。 さすがに、このあたりのでかい道は流れが速く、カブだとちょうどいいか少し速いくらい。なにやらハデなスポーツカーだの、この炎天下に半そで短パンでハーレィに乗ったおっちゃんにぶち抜かれつつ、こちらはひたすら『の゛−っ!』っと言うカブのエンジン音を聞きながら進む。 と、国道122号へ合流するあたりで、曲がり方を間違えて、県道へ入ってしまった。 とは言え122号への看板は出てるから、案内表示にしたがって走れば、地図を出さなくてもリカバリは簡単。「暑さと疲れで、そろそろ集中力が切れ切れだな。気をつけないと、ムダに遠回りしちゃうぞ」と自分に言い聞かせてると。 赤信号で停まった目の前の交差点が、なかなかアツいネーミングだった。 「ぎゃははは! なんで俺、新宿二丁目にいるんだよ!」 アタマがイッコも回ってないので、くだらないことがやたら笑える。
リカバリして国道へのり、しばらく進んでゆくと。 わたらせ渓谷に入ったあたりから、急激に気温が下がってきた。 「うおぉ! 涼しーっ! やっと山間部に入ったか。待ってたぜぇ」 ぐねぐねと曲がり始めた国道に歓喜しつつ、「み゛−ん! み゛−ん!」と、4ストローク110ccのエンジンをうならせながら、わたらせ渓谷を駆け抜ける……つーほど軽快には走れない。道がちょっとでも登っていると、トップギアのままでは見る見る車速が落ちてゆく。 それでもこの辺までは、まだまだ気にするほどのことではなかった。
道の駅『くろほね・やまびこ』を横目に見ながら、県道62号を曲がり。 赤城山のふもとを、北上してゆく。 この道が実に走りやすく楽しいワインディングで、本来なら歓声を上げてすっ飛ばすところなのだが。道が登り始めたとたん、カブが音(ね)を上げ始める。平地では『すとととっ』と気持ちよく走れるカブも、坂道に入るとさすがにトルクの薄さはいかんともしがたく。 一速下げて回転をあげ、えっちらおっちら登ってゆく。
クルマと同じ速度で走るには、少々高回転をキープしなければならない。 ギアをトップにあげれば遅れるし、ひとつ下げるとマ゛ーマ゛ーとエンジンがやかましい。クルマを先にいかせてのんびり走るつっても、すでに太陽はかなりナナメってきている。「う〜む、やっぱ時間に余裕がないってのが、最大のネックだな」と軽く後悔しつつ、中途半端な感じで走ってゆく。 と、前を走るクルマが、道を譲ってくれた。 譲ってもらった以上、チンタラ走るって選択肢は、俺の流儀にはない。 腹を決めて気合を入れなおすと、ビービーと景気よくエンジンを回しながら、傾斜の弱いところではガンガントップに入れて、目一杯カブを絞り上げながらワインディングを駆け抜ける。やがて最高所を抜け道が下りになり、飛ばすのが一気に楽になった。 ユリシーズに比べれば笑っちゃうような速度なので、くだりでもアクセル全開に出来る。 これがなかなか楽しい。
突っ込みで速度を殺さず、体重移動で遠心力を相殺。 ぐにゃりと頼りない足まわりと相談しながら、ステップを擦らないようにしつつ、できるだけ速く曲がる。カブの方は目一杯でも、こちらには余裕があるから、ギャップを拾ってステップを擦っても、オーバーランしてしまうことはない。場合によってはRのようにハンドルをインに切って曲げたり。 「悪いな。陽が落ちる前に着けそうだったら、後はゆっくり走るからさ」 カブと、その持ち主に心の中でワビながら、ひたすら赤木山麓を駆け抜けた。
楽しくなっちゃった俺は、下りきってもそのままのテンションで、カブをすっ飛ばしてゆく。 そしてそんな時、『必ずと言っていいほどやらかす』のが、かみさんの、かみさんたるゆえんなのは、ご存知のとおり。まるで流れるように当然のごとく、曲がるべき場所を思いっきり見逃して、しかも、それにまったく気づかないまま、国道へ出てようやく間違ってたことを理解する始末。 20キロほどムダに遠回りして、ようやく国道120号線に乗った。
ガソリンを入れ、混んでる沼田の街中を抜けると、道はまた山間部へ入る。 ぐねぐねと曲がる国道を、今度はのんびりと走って、途中のコンビニで最後の休憩と買い出し。 暑さと疲労でヤラれきった俺に、食欲はもう残ってなかった。 水と酒だけ買い込んで、ゴムバンドでカブにくくりつけたら、ワインディングを走り出す。 ここから片品村まで10キロほどは、観光客やスキー客が来るからだろうか、それほどハデな曲がり道でもなく、道端には民宿や土産物屋があったりして、それなりに観光地っぽい風情を見せていた。かたしな高原スキー場の入り口を横目に見ながら進んでゆき、戸倉から県道へ入る。 奥利根ゆけむり街道だ。
いきなりクソ曲がり始めた『ゆけむり街道』を登ってゆくと、アチコチに『尾瀬』の文字。 「なるほど、このへんも尾瀬の範囲なのか」 山々をはさんで反対側にある尾瀬沼へ思いを馳せながら、舗装林道を走る。 するとあちらこちらで美しい景色が目に入るのだが、いかんせん時計はもう6時を回っている。7時にはおそらく、日が暮れてしまうだろうから、それまでにみんなのところへたどり着きたい。でも、この景色はぜひとも写真に撮りたい。そんな葛藤に苛まれながら…… 「あ、そうか。明日の帰り道、こっちから戻れば写真撮れるじゃん」 翌日は水上(みなかみ)の方へ抜けるつもりでいたからだろう、すっかりアタマが固まっていて、そんな簡単なことを思いつくまでに、時間がかかってしまった。しかし、そうと決まればこっちのもんだ。俺はのんびり景色を見るのをやめ、翌日、写真を撮る場所だけ横目でチェックしつつ。 残りのワインディングをすっ飛ばし始めた。
とは言え、またがってるのはカブだ。 狭く急な坂道を、四苦八苦しながら登りつつ、「こりゃ、デカいのならゼッタイ面白いぞ。こんだユリシーズでもう一回、この道を走ろう」と、心に誓う。その間もカブは、ギャップに足を取られちゃ暴れ、登り坂がきつくなりゃギャーギャー悲鳴を上げる。 「わかった、わかった。ごめん、ごめん。も少しだけがんばってくれ」 相棒を何とかなだめすかし、最高所を越えてくだりを攻める。 右、左とUターンチックに曲がる、節操ない峠道を下ってゆき……
ようやく、『奥利根水源の森』へ到着した。 キャンピングカーやテントが張られる公園(駐車場)の中をゆっくりと進んでゆくと、胸の中にじわじわと達成感がわいてくる。「いっやー! 思った以上にしんどかったけど、終わってみりゃ面白かったな」と、この段階では負け惜しみにちかいヒトリゴトをつぶやいてると。 目のまえを、『見たことある子供』が歩いてる。 「おう! ミオじゃんか! みんなどこにいる?」 タツヤの息子ミオに、そう大声で声をかけながら周りを見回すと。 単車が並んでいる場所に、みんなの顔が見えた。
瞬間、全身のチカラが抜け、代わりに喜びが吹き出す。
俺は左手を高く掲げて、山賊たちに笑いかけた。 ゴ―――――――――――ルッ! 到着時刻、午後6時半。柏からの所要時間、ジャスト5時間。 たった200キロの、しかし時間と太陽に追われた厳しいラリーは、ここに往路を完走した。 やり遂げた嬉しさと、見慣れた顔ぶれの安心感に、ハラの底から笑いが浮かんでくる。
とは言え、そこはお祭り男のかみさん42歳。 ここまでの道のりを、おだやかに回想するなんて芸当は、逆立ちしてもできるわけがなく。 カブを降りるや否や、「二度とやんねーぞっ!」などと大騒ぎ。
よしなし 「ぎゃははは! ホントにカブで来たよこのひと」 タツヤ 「かみさん7時につけるかなぁ、無理だろうなぁ、なんて話してたんですよ」 popo 「すごいね、カブで来れるんだ、ここ」 笑いながら迎えてくれる山賊どもに、道中のしんどさを語ろうとするのだが、気が抜けたのと、みんなの顔を見たら疲れが吹っ飛んだのとで、頭の中が真っ白。ただただ、「キツかった」「もうやんねー!」などと叫ぶのだが、いかんせん言ってるツラがニヤニヤなので、説得力のないことおびただしい。
と、駐車場にクルマが一台入ってきた。 「あ、eisukeさんだ」 誰ともなくそう言い、みんなでeisukeさんを迎える。 「おぉ、ホントにカブできたか。今日のMVPだね」 ニコニコと笑いながら、eisukeさんがそう言ってくれた。 「今、来たところなんですよ。ほとんど同時です」 「俺ももう少し遅くなるかと思ったけど、いやー、思いのほか早く来れたよ」 山賊宴会に来たいがために、仕事を二時間ほど早く『はじめさせ』て、さらにここまでの道のりを、ナビの見積もり時間の半分でやってきたというのだから、まあ、このひとも大概だ。もっとも、山賊宴会に来る人間でイカレてない人はほとんどいないんだけど。
奥からよしなしのR1200GS、popoさんのWR250R、タツヤのロケットスリー。 そして200キロ5時間、俺を運んでくれた相棒、ホンダスーパーカブ110。 重かったろうね、ごめんね。
コット(キャンプベッド)を組んで荷物をほどいたら、いつもの楽しい宴会タイム。 タツヤは息子のミオをつれて、タンデムで参加。 ミオはすっかり、単車(ミオはミニバイクに乗る)とキャンプ宴会の楽しさを知ってしまったようだ。いつかヤツがてめぇで買った単車に乗って参加する日が来るのだろうか。だとしたらそれは、俺や他の連中にとっても、むちゃくちゃ嬉しい話だ。 ミオ、おーがんちのUKTとNNK、マルんちのまる子。 俺自身が子供作れないからってのもあるかもしれないけど、ダチのガキがでっかくなってゆくのを見るのは、ホントに嬉しい。基本的にガキは理が通らないからキライだったんだけど、俺のダチのガキは親がアレなのを反面教師にしてるのか、みんな賢い良い子ばっかりで大好きだ。 二人目の親父として、惜しみない愛をそそぎたいと思う。 養育費は出さないけど。
炎天下を走ってきたあの暑さがウソのように、水源の森には涼しい風が吹く。 お久しぶりに山賊宴会へ参加のpopoさん。 俺のようにしゃべくりたおすわけじゃなく、穏やかなトーンで会話する。もっとも泥酔してくると、そのままの優しい口調で延々とわけのわからないことを言い出すのだが、それがまた、めちゃめちゃ面白い。冗談でキャンプリーダーと呼んでたら、いつの間にかマジでリーダー的な存在になってた。 いや、リーダーつーより『象徴』かな。 天皇陛下的な。 酔っ払ったpopoさんは、いつも『ろろちゃんの格好の標的』なのだが、今回はろろちゃんが不参加だったので、普通に酔っ払ってた。山賊宴会のイチバンの名物、ろろちゃんとpopoさんの泥酔漫才が見られなかったのは、ちょっと残念だったかな。
やがて太陽は完全に西の彼方へ沈み。 山賊の動き出す、夜が訪れる。
まずは群馬の灰色熊こと、eisukeさんのターン。 ロシアの野良熊のように、ゴソゴソと袋をあさってると思ったら。 「ロープ持ってきたんだよ、何かあるといけないから」 残念ですがeisukeさん、それはトラロープです。ガケに落っこちた単車を引き上げるには、すべるし弱いしでまったく向いてません。そのロープが必要になるような『何か』ってのはどっちかって言うと、犯罪とか事件とか、シャレにならない系の『何か』だと思いますよ、俺は。 みんなでツッコミ倒しながらゲラッゲラ笑うと、eisukeさん、キョトンとしていた。 その顔を見てまた、大笑い。
すると前橋のグリズリーはあろうことか、いきなりストリップをはじめる。 誰も得しないし嬉しくない半裸を見て、全員、爆笑しながらツッコミまくりだ。 「いやぁ、仕事からチョクで来たから、風呂に入るヒマがなかったんだよ」 飄々(ひょうひょう)と言いながら、持ってきたタンクの水で身体をぬぐっていたeisukeさん。 「クルマの中に入れてたから、この水、かなり暖かいよ。ほとんどお湯だよ」 いや、そんなドヤ顔で言われても、真似しませんてば。
タツヤは何かの煮込みを作りながら、別の肉を網焼きし。 よしなしはいつものホルモンを焼いている。 俺は暑さと疲労で食欲がなかったので、そんなみんなの様子を笑いながら眺めつつ、酒盃を傾ける。すると行水を終えたeisukeさんが、本気モードで色々作り始めた。いや、いつもなら、ありがたくいただくんだけど、さすがに今日は疲れてるから、食い物は要らな…… 「かみさん、これ食べる? トマトとチーズのサラダ」 いただきます。
トマトとレタス、チーズとオリーブオイル。 それにバルサミコ酢で味付けされたシンプルなサラダには、食欲ない俺も思わず食指がのびる。 「やべ、美味めぇ! eisukeさん、これ、マジ美味いっす!」 「そう? それはよかった」 興奮する俺と反対に、ニコニコ笑いつつ淡白な返事をするeisukeさん。 自分のメインディッシュを作るのに余念がない。 「うわ、すげぇ! まーたそんなデカい肉を」 eisukeさんの食欲に笑っていると、こんどはタツヤから差し入れが来る。 名前忘れたけど、この肉がまた歯ごたえがあるのに噛むとブツリと切れて、脂っ気の少ない美味い肉だった。タツヤ、この肉の名前なんだっけ? あと、タツヤ煮込みも柔らかくて美味かった。あの肉の正体も聞いたけど忘れちゃった。ま、美味かったコトは覚えてるからいいか。
みんなにちょっとづつツマミをもらって、俺は楽しく呑んだくれる。 酒はいつものジャックダニエル。 今回はだいぶん疲れてたので、冒険せずに自分がイチバン呑みやすい酒を選んだ。そしたらpopoさんもジャックをひとビン持ってきてる。並んだふたりが、テネシーウイスキー750mlを一本づつ持ってきてる画面(えづら)に、俺は思わず笑ってしまった。 「ひとり一本づつとか、ホントに馬鹿だなぁ」 「えーでも、おいしいよね、ジャックダニエル」 それは否定しません(`▽´)
やがて全員(もちろんミオは除く)に酒がまわり、いい具合に酔っ払ってきた。 バイク、旅、友人、健康、仕事、色んな話をして笑いあう。 ふだんはビールオンリーなのに、他の酒を呑んでいるタツヤが、そんな中、徐々にコワれ始めた。 ここからは、タツヤのターンだ。
かみ 「タツヤ、ナニ呑んでんだ?」 タツヤ 「糖尿病が怖いんで、プリン体の少ない酒を……」 よしなし 「さっきビール呑んでたじゃねえか!」 タツヤ 「ビールじゃない! 発泡酒だもん!」 popo 「はは、おんなじだよー!」 タツヤ 「だから今は焼酎呑んでるでしょ!」
イチバン歳下のタツヤは、来れば必ずイジられる。とくに普段はその役目を担っているよしなしが、イジられ役の重責から解放された反動で、鬼のようにタツヤをいじめるのだ。そして、イジってる方もイジられてる方も酔っ払いだしてくると、宴会場は完全にカオスだ。 最終的に『ある男』が、ここでさえ書けないような問題発言をして、みんなの爆笑をさそう。
「○○○なんて要はねぇ、○○さえ○○○○ばイイんですよ」 「ぎゃははははっ! おまえ、ほんっとサイテーだな!」 「ホント何でもいいんだな、おまえ。さすが人間のクズ!」 「あははは! ○っちゃん、やるなぁ」 「えぇ? ○っちゃんて、そういう人だったんだぁ」 誰がどのセリフを言ったかは、ご想像にお任せする。
やがて気温がぐっと下がってきた。 となれば今度は、俺のターン。 寒さを凌ぐためにもっとも大切な、いや山賊宴会でもっとも大切な、アレをやる時間だ。 「ぃよーし、ミオ! 燃やすぞぅ! おめーも手伝え!」 と、タツヤの息子ミオを引き連れ、eisukeさんの用意してくれた焚き木を引っ張り出すと、ハナウタ交じりに組み上げてゆく。そこへeisukeさんが、「ほい、着火剤」と必須アイテムを渡してくれた。ミオと一緒に組み上げた焚き木に着火剤を入れ、準備万端整ったところで。 おもむろに火を放つ。 ヒャッハー! コレがなくてなんの山賊宴会かっ! いや、まあ、焚き火が要るほど寒くはなかったんだけどね。
すっかり出来上がった面々は、焚き火を囲んでまたバカ話。 何度も何度もやってるのに、単車に乗るのと同じくらい飽きない、最高に楽しい時間が過ぎてゆく。特に泥酔したタツヤが、「今日はpopoさんやかみさんの代わりに、俺が暴れるぜ」とばかりに、絶好調のイカレっぷり。何かしゃべるたびに、みなの爆笑を誘う。 山賊宴会では若手とは言え、家に帰れば三児の父なのにね。 ちなみに息子のミオは、焚き火をやって満足したのか、しばらくしたらとっとと寝てた。 たぶんアイツが一番カシコい。
一方、親父の方は慣れないビール以外の酒で、ムダにテンション上がりまくり。 さすがにみんな酔っ払って眠くなり、「んじゃ、おやすみ」とそれぞれの寝床に着いてからも。 「ヨッシー!(よしなし) 寝てる? だいじょぶ?」 だいじょぶじゃないのは、むしろお前の方だよタツヤ。
んで俺はといえば、eisukeさんの持ってきた酒を呑みながら、そんなタツヤを眺める。 俺も含めて山賊は気に入って呑んでたけど、あとでナオミに飲ませたら苦手だと言ってた。 辛口でスッキリしてるけど、きちんと日本酒らしい滋味のある酒だ。つっても、ジャックダニエルを半分空けてからの意見だから、まあ、信憑性は皆無かも知れんが。とにかく、それだけ呑めばさすがに睡魔が襲ってくるわけで。俺はテントを張って眠りについた。
のだが。 ふと妙な気配がして、ゴソゴソとテントから這い出す。 すると目のまえに、燃え尽きたように魂の抜けた生き物が、ぽつねんと蹲(うずくま)っている。 俺はそれへ向けて、小声で言葉を投げかけた。
「どした?」
「ぎぼぢわるい」 呑みすぎだバカたれ(`▽´)
しばらくタツヤに付き合って、まったり星空を眺めたあと。 奥利根の夜は、ようやく静かになった。
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