solo run
カブの旅
2012.07.29 あの日見た花の名前なんぞ俺の知ったことか ―復路―
翌朝、テントから這い出すと、タツヤ親子はすでにいなかった。 ミオの用事があるとかで、朝一番に出発したのだ。 「あいつ昨日の夜、むちゃくちゃ死んでたけどなぁ。大丈夫だったのかなぁ?」 苦笑しながらみんなに、朝の挨拶をする。 popoさんはいつものように、カップヌードルの朝食。
よしなしは、のんびりと撤収の準備。
eisukeさんもテキパキと後片付けをしている。 この日はeisukeさんがゴミを持って帰ってくれた。 ソロのときなんか特に実感するけど、キャンプ後のゴミの片付けってのは、これが結構めんどくさい。もちろん俺も後片付けは必ずやるようにしてるけど、過去に一二度、忘れて走り出してしまったり、諸事情で置いてこざるを得なかったときがあった。 そしてそれは、今でも後悔として心に刻まれている。 だからゴミの始末をしてもらえるってのは、実にありがたいことなのだ。
つわけであとは荷物を片付けるだけなのだが。 俺はほんの一週間前まで、ソロで野宿ツーリングしていたから、撤収はほぼ無意識に行える。とっとと片付けた後は、みんなの単車を眺めたり、写真を撮って遊んでいた。 popoさんのWR250Rにインストールされた社外のマフラー。 真ん中がチャンバーっぽく膨らんでるのが、俺的にツボだった。
WR250Rと、R1200GS。こjこにユリシーズを並べたかったなぁ。
やがて、出る人は準備を整え、まだ出ない人はまったりしつつ、それぞれひと区切りついた。 んじゃ、カブ旅の復路へ出発しますか。 「そんじゃ、また!」「気をつけて! また来月の山賊でねー!」と、あっさり挨拶を交わしたら。 俺はカブにまたがって、ゆけむり街道を走り始めた。
往路は時間に追われてスルーした景色を、今日は貪欲にひろってゆこう。 奥利根の山々を眺めながら、今日はのんびりとカブの旅らしく。
山肌が見えてる場所で停まり、写真を撮ったり、景色を眺めたり。
昨日はアスファルトばかり見てた道を、今日はキョロキョロしながら走ってゆく。 コレは西山か、大行山か。
やがて道は渓谷ゾーンへ突入した。 奥入瀬とはまた違った風情の、ナメ沢あたりの風景。
ゴロゴロとでかい岩が、男性的な雰囲気の渓流だ。 と、途中でバスに引っかかる。 もっとも昨日とはうってかわって、今日の俺はのんびりカブの走りを満喫しているから、別にバスの後ろでもなんてことない。トコトコと周りの眺めつつ走ってると、後ろからよしなしのBMWがきた。もちろんさっさと道を譲り、片手を挙げて去ってゆく後ろ姿を見送ったら。 なにやらバスが停まって、道を譲ってくれる。 「別に譲ってくれなくてもいいのに」 と思いつつも、ありがとうと片手を挙げて、バスの前に出る。
いくらのんびりとは言え、さすがにバスよりは速いので、ほどなくひとりになった。 やがて道が平坦になり、周りの景色も開(ひら)けてくる。
これは片品村のあたりかな? 朝のおいしい空気を吸い込みながら、トコトコとカブを走らせる。 「時間の制限がないだけで、見える景色まで違ってくるみたいだ」 妙な感心をしながら走ってゆき、大きな国道へ出たところで、停まって地図を開く。
右へ行けば来た道なのだが、時刻はまだ早い。 「せっかくだから、日光の方まで脚を伸ばしてみようか」 昨日、キャンプ場に到着(つ)いたときは、「カブで200キロとか、バカじゃねぇの俺。もうやんねー!」なんて散々騒いでたんだが、こうして勝手気ままに走れるとなると、やはりツーリングは楽しい。間違いなく涼しいだろう、中禅寺湖あたりを抜けて帰ろうと決めた。 国道120号は適度にツイストしながら東へ進み、金精峠を抜けて中禅寺湖から日光へ至(いた)る、比較的よく知った道だ。東北の知らない道を走るのとは違って、ワクワク度合いは少ないけど、慣れてるだけに安心感があり、地図より走ることに専念できる。
とは言え、今日は『走る』の意味合いが違う。 いつもなら金精峠に向けてアップし始めるところだが、今日の相棒にアップは要らない。 景色を眺めてのんびり走るだけだ。 青空が青く写らないほど、陽光がまぶしい。 緑の映える山間の道を、すととととっと優しい排気音を響かせてカブが走る。 「気持ちいいぜ」って表情を撮ろうと思ったのに、タイミング外してなんか怒ってるっぽい。 ま、こんな状態で昨日から走ってるわけで、当然、顔の皮膚はいいだけ焼けてる。42歳のやっていい所業じゃないのだが、まあ、俺の色がいくら白くても、七難は隠さないだろうから、どーでもいい。つーか俺の『難』が、たった七つしかねぇとはとても思えないし。
やがて道は金精峠に入る。 ぐねぐね曲がる道をたんたんと、しかし、自分でも驚くほど楽しんで登ってゆく。 時々エンジンをミ゛ーミ゛ー言わせながら登り、あきたらチンタラ登り。楽しいのは走りじゃなくて、流れる景色と空気なのだ。『道が曲がってるのに、曲がった道を楽しまない』という、普段の俺からはまったく考えられない状況で、金精峠を登ってゆく。 やがて峠を登りきり、こんどは下りに入る。
そして、ちょっと飽きてきた。 山間部を抜けるワインディングは、景色が途切れ途切れになる。道を攻めることに気が行ってる普段は気にも留めなかったが、景色が見えないと実に退屈なのだ。「大泉がボヤくのも、無理ないなぁ」などとつぶやきながら、それでもくだりは速度が乗るので、峠を楽しんで走る。 登ったり、下ったり、平坦だったり。 でかいバイクのときには感じなかった傾斜を感じながら、奥日光の景色を眺め。 こういう山の顔は、どちらかと言うと俺の好み。 まるっきし緑の、美しいスロープを描いた山もいいけど、切り立った岩肌の見える雄雄しい感じの山は、親父とか神様とか、そんな感じのフトコロの深さを感じるのだ。ちなみにスロープの美しい山は、母親か女神って感じ。いや、もちろん全部、俺の主観つーか妄想だけど。 そういや、こないだの東北レポ、いや、その前のレポでも、読み返しちゃ感じてたんだが。 俺、けっこう山が好きなのな。自分の足じゃ登らないくせに。 かみは歩かない。
やがて右手に湖が広がる。 右手にあるから、これは湯の湖。
「おぉ、ワインディンガーな時はつまらん平地が、カブだと景色が見れて嬉しいな」 乗る単車ひとつで、ここまで感じるものが違うなら。 俺はもう、「そこ、行った事ある」なんて簡単に言えない。だって俺が知ってるのはガンマで、V‐MAXで、VTXで、ロケットスリーで、M109Rで、ハヤブサで、GSX‐Rで、そしてビューエルで走った『そこ』なのだから。俺は今、『世界ってのは、単車の数だけ顔がある』ってことに気づいたのだ。 42歳のおっさんは、浮かんできた戸惑いを、素直に口に出した。 「それじゃあ、この世界の顔を知るためには、他の単車も買わなきゃならんじゃねーか」 実に困ったものである(`▽´)
湖を後にしてしばらく走ると、戦場ヶ原へ出る。 ドまっすぐな、戦場ヶ原ストレート(そんな名前じゃありません)。 「気持ちいいなぁ」 と見上げれば、空にはヤケクソのように照り付ける太陽。 気温はそれなりに高いかもしれないが、空気がさらっとしてて心地よい。
遠くに見える日光の山々を、じっくりと味わいながら進んでゆく。 やがて、中禅寺湖が見えてきた。 湖を見ながらしばらく走るうち、周りが観光地フレーバーを漂わせ始める。 中禅寺湖の湖畔。これは東端、いろは坂の手前あたり。 遊覧船乗り場とか、レストハウスとかがあって、いかにも観光地な感じだ。 今までだと、そういうのが少し鬱陶しく感じることがあった。「自然を人間に都合よくいじってる」的に。だが今回は、昨日今日でずいぶんカブに叩かれたおかげか、異常に心が広くなってるようで、「自然も大事だけど、人間も大事。みんな仲良くしよう」つーココロモチになっている。 もちろんコレは成長じゃなく、単に一過性のものなんだが。
エンペラーのホームコース、いろは坂のくだりを走り出す、頭文字<イニシャル>C、カブ110。 空冷4ストロークOHCの109ccエンジンは、PGM‐FIによって8.2馬力を書いてて切なくなってくるからもういいや。とにかくそんな感じで、残念ながらユーロビートのまったく似合わないカブに乗っていろは坂を下ってゆくと、時々、クルマに引っかかる。 そんな時もあおったりせず、停まって景色を眺めたり。 コレは一応、頭文字Dみたいな映像を撮ろうと、四苦八苦した結果。 ここから俺のカブはイン側に突っ込み、Uターンを空中でショートカットするのだ。 もちろん脳内で。
いろはを下りきったところで、道沿いのコンビニへ入っておにぎりを喰う。 走り出すと、青カンバンに『世界遺産・日光の社寺』とあるが、観光するガッツはすでにない。 なんでってもちろん暑いから。 杉並木から、ちろちろこぼれる陽光がまぶしい。
これはもう、宇都宮のあたりだろうか。 このへんからさすがに暑くなってきたので、あんましよく覚えてない。 とにかくあとは景色を眺めながら、国道を繋いで南下するだけだ。 国道4号は混むので、途中で併走する408号へ逃げる。
これは逃げてる途中、121号で鬼怒川を渡ってるところかな。 逃げて南下し、真岡あたりで294へ合流。 この道は筑西、下妻と聞きなれた地域を通って、ほぼまっすぐ柏へ向かう。
そして聞きなれたということは、関東的な蒸し暑さでもあるわけで。 コレは筑西あたりかな? このへん景色が似てるからわからん。 まっすぐな国道を、直射日光とアスファルトでオーブンされながら、汗をぬぐいつつ走る。
やがて看板に、『常総』の文字が見えてきた。 常総市に入れば、さすがにクルマも混んできて、景色もへったくれもなくなる。 「んじゃ、クソ暑いけど、ここらで一服すっか」 カブを停めてメットを脱ぎ、タバコに火をつけ深く吸い込んだところで。
総走行距離たった425キロの、しかし、なかなかタフな冒険ツーリングは幕を閉じる。 「だいぶん汚れちまったなぁ。帰ったら洗車してやろう」 そんな風に独り言ちながら、俺はぷかりとけむりを吐き出した。
かなりシンドかったし、途中イライラすることもあった。 しかし、非力でタフな相棒とトコトコ走りながら、アチコチきょろきょろ見物して回る楽しさに、気づけばイライラは忘れてしまっていた。往路で宴会場所にたどりついたときは、「もう、やらねー!」と騒いでいたのに、走り出せばやっぱり楽しくて、身体の疲れも忘れてしまった。 カブってのは、そんな不思議な魅力のある単車だったよ。
そして今、コレを書きながら俺は、「またカブと一緒に走りたいな」と、心から思ってたりするのだ。 相方が貸してくれるかどうかはともかく、ね。
山賊宴会カブの旅・了 文責/かみ
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