solo run
中部戦線異状なし
2011.08.14 二日目 ビーナスライン〜乗鞍岳 ―女神の微笑(後編)―
まだしばらく続く、ビーナスラインの絶景。 緑のグラデーションはやっぱり写真より実物がいいね。 あと、真夏はちょっと霞がかっちゃうから、写真撮るなら秋がいいね。 メッセージフォーこの秋の俺。 走ってるときは、『攻めて、美しい景色に写真を撮って、また攻めて』ってやってるから、とても楽しいんだけど、こうやって写真だけ並べて眺めてると、そろそろ飽きてくるね。どんな絶景でも続けば飽きるんだから、人間ってのは贅沢な生き物だ。 人間つーか俺が。
でもやっぱり、『丘陵にかかる雲の影』は目に留まる。 きっと俺だけじゃないはず。
ハイ、お約束。 ブルー、ホワイト、グリーン。そして消失点に向かって消えてゆくアスファルトグレイ。
三回目の『丘陵と雲の影』。ちょっと、ウインドウズっぽい。 この日は特に、このパターンの画が気に入ってたようだ。
ほらね。 でも、これはちょっと雲が暗いから減点かな。 映画のエンディングだったら、暗い未来を暗示してそう(考えすぎです)。
ビーナスラインを抜けて、霧降から152号を北上し、もと来た場所へ向かう。
向かうつーか、その気はなかったんだけど、テキトーに走ってたら戻ってた。 んで、上の地図よりも少し北のあたりにある、『マルメロの駅ながと』で休憩。 ながとは長和と書くらしい。『大和』以外で、『和』の字を『と』と読むのは珍しい。 もっとも、この名前になったのは昭和31年の合併の時らしいから、もともとそう呼んだわけじゃなく、どうやら当て字のようだ。なんでこんなコトにこだわってるかつーと、ちょうど今、読んでる古代史の本に、『和を「と」と読む例は他にない』って書いてあったから。 蛇足。
ともかく、そのマルメロで地図を見ながらこの先を考える。 最初は、「バイクにバックギアはねぇんだ」言いながら(相変わらず独り言)、上田の方から北へ抜けようかとも思ったのだが、抜けた先が新潟じゃ間違いなく暑い。やっぱ行くなら山の中だ。白馬、妙高、いや、だったら穂高、乗鞍(のりくら)のが近いじゃんか。 んじゃ、やっぱ飛騨方面に行こう。 が、国道254は途中が有料道路で、なんか負けた気がする。だとしたら、ビーナスラインの方まで戻って、松本へ抜けるのが妥当だろう。それじゃせめて178号には行かないで、さっき通らなかった67号を通っていこう。どうせなら色んな道を走ってみたいし。
と、このへんは、ナニ言ってるかわからなくても、スルーしてOK。 下に、俺の迷走っぷりを書いた地図を置いとくから。 『ビーナスから今までと、これから』をまとめて図にすると↑こんな感じ。 右上から、紫のラインで回って(@ABC)、現在マルメロの駅。ここまではさっき書いた。そんで、今度は赤い線でビーナスと交差しながら左に抜けてこうってのが、この先のルート。地図だとなんてコトないけど、このDの『戻る』って作業が、なかなか出来ないのだ、俺には。 俺の空手は後退のネジを外してるから。 柔道家だけど。
つわけで、上の地図の赤い点線を抜けたら、赤い実線で描いた(E)県道67号へ。 案の定、狭い道だが、そのぶんガラガラで走りやすい。 むしろビーナスラインの方が、混んでて走りづらかったくらい。 ビーナスラインをもう一回、ちょこっとだけ走って、すぐ松本方面へ下る。 山を下るとやはり、バカみてぇに暑い。 さらに松本の街中へ入ってゆけば、その暑さもひとしおだ。 ボーっとして、ニャンさんばりに道を見逃しつつ(スルー推奨)、二回ほどリルートし直す。ついでに、コンビニで酒を買いこんだ。時間的にはちょっと早いのだが、買える時に買っておかないと、このあたりは酒売ってるところが少ないからだ。 ま、あとで走ってみたら、結構、山に近いところでも売ってたんだけど。 これは次回への備忘録。メッセージフォー次回の俺。
どうやら、飛騨へ抜けるいつもの国道、158号線へ乗っかった。 ほっとひと息つきながら、梓湖(あづさこ)にそって曲がり道を走る。 と。 トンネルをいくつか抜けたあたりで、『乗鞍岳(のりくらだけ)』の文字が見えた。 「ああ、そうか。乗鞍岳もいいなぁ。きっと涼しいだろうなぁ」 とつぶやきながらもスルー。そして考え事をしながら進むうち、ちょっと疑念がわいてくる。 「前々回は、奥飛騨を抜けて富山だったっけ。んで前回は、まっすぐ高山へ出たんだった。あれ? それじゃ今回は、乗鞍のワインディング一択じゃん。こりゃあ、さっきの分岐まで戻るか? いや、でもめんどくせぇしなぁ……」 などとグズグズ考えてると、県道300号の入り口に、また『乗鞍』の文字が見えた。 コレは神の啓示だ(道が二本あっただけです)。
看板が見えた瞬間、ウインカーを出して左へ曲がる。これで行き先は乗鞍に決定。乗鞍はスキー場として有名だが、実は、まだ行ったことがなかったので、ぜひ、走ってみたい。そしてスキー場の周りってのは、夏は涼しくてワインディングがあって、楽しいところが多い。 期待に胸を膨らませつつ、『白骨温泉』を経由して乗鞍岳へ向かう。 県道を抜けてゆくと、どうやら、太陽が傾き始めてきている。 とは言え、酒さえ買ってあれば、いつでもドコでも寝れるのが、野宿ツーリングのいいところ。 道がダートになったって、ちっとも問題ない。 もっとも、コレはただの工事中で、すぐにまた舗装路に戻ったけど。 これは、白骨温泉のあたりだろうか。覚えてないや。
コレは300号から、最初にスルーした84号へ合流したあたりかな。 美しい山々を眺めながら気分よく進んでゆくと、やがて目の前に警備員のおじさんが出現。 「工事か……いや、通行止めだ……ああ、そうか。マイカー規制だ」 とりあえず、駐車場にユリシーズを停める。 三本滝というこの場所は、マイカーの乗り入れが許される、最後の地点。 ここからバスやタクシーなど、『通行を許可された乗り物』に乗って、あるいは乗らずに自分の足で、乗鞍岳を登ってゆくわけだ。もちろん俺は登らないけど。かみは歩かない。かと言って、このとんでもなく涼しくて快適な場所から、出てゆくつもりはさらさらない。 俺はメットをとって、警備員のおじさんへ近づいた。 「すいません、ここで野宿しちゃっていいですか?」 「え? あ、ああ大丈夫だと思うけど……ちょっと待って、聞いてみる」 手打ちでダイヤルしてるひと、久しぶりに見た。 「あーもしもし、○○ですが。今ねぇ、駐車場に野宿したいってヒトがね……」 長いこと話したあと、電話を切った警備のおじさんいわく。ここで野宿するのは全然かまわないが、場所は必ず駐車場か敷地内にしてくれとのこと。ちょっと離れたところに、体育祭で使うような大きな屋根テントがあるんだが、そこや、森の中はやめてくれといわれる。 森の中は自然破壊的にわかるが、ベンチさえ置いてあるあのテントがダメなのはなぜだろう? そんな俺の思いが顔に出たのだろうか。おじさんはニカっと笑って。 「あの辺までは熊が出るんだよ。こないだも、小さいのと大きいのが出たんだ」 せめて小さい方にしてもらいたい。 切に。
てなわけで、早速、コット(キャンプベッド)を組み立てる。 が、どうも空模様が怪しい。 さっきの警備員さんの話では、いつもなら一時間くらいまとまって降るのに、曇天ながら今日はまだ降ってないとのこと。ならばこの先、ほぼ確実に降るだろう。屋根のあるところへ行こうと、いったん荷物を仕舞って、上の写真の奥に見えるレストハウスらしき建物へ。 中には入らないが、軒先を貸してもらおう。
ここなら雨は大丈夫。 他のお客さんも、時間的にほとんどいないから、ジャマにもらなんだろう。 コットやテーブルを並べて、買ってきた酒を取り出し、プシュっとタブを開けたところで。 土砂降ってきた。 「おーあぶねー! 移動して正解だったぜ」 酒盃を傾けながらため息をついてると、ユリシーズの横に停まってるスクータの乗り手が、 あわてて駆け込んできた。 ここにバイクを置いて山を登っていた彼は、バスで戻ってきたのだが、その時、バスの中にカッパを忘れてしまったらしい。バスはゆっくりと下っているから、「もしバスの中にカッパがあるなら、間に合うかもしれません」と言うと、携帯で事務所に連絡している。 やがて電話を切った彼は、「カッパ、ありました!」と嬉しそうに笑った。 「え、でも、これから(山の)下へ取りに行くんですか? 小一時間もすれば、雨、やみますよ」 と、『雨がやんでから下る』ことを提案したんだが、事務所の方で待っててもらってるとかで、彼は「それじゃ」と頭を下げると、スクータに乗って雨の中を走りだす。てめぇが濡れることよりも、事務所で誰かを待たせてしまってる事の方が気にかかるようだ。 去ってゆく彼の背中を眺めながら、俺は、「なはは、気持のいい男だな」と笑った。
さて、誰もいなくなったことだし、本でも読みながらゆっくりと呑もうか。 ツマミは得意の、魚肉ソーセージ。 山賊宴会とかでも、不評どころか誰も手をつけない、哀しい運命のソーセージ。 でも、俺は大好き。
ギョニソーを喰いながら、古代の日本に思いを馳せていると、携帯にメールが入った。 名古屋のバカ弟、フラナガンからだ。 「かみさん、明日はどっち方面行かれます? 俺、金沢にいるんですが」 間に山を挟んではいるが、近いところにいるのか。それなら合流して走ろう。最初フラは、合流場所を新潟と言ってたが、暑いので却下。高山で合流してから、行き先を決めようつー話になった。俺が起きたらフラにメールを入れて待ち合わせる段取りだ。 「いったん戻って、ぐるり野麦峠を抜けるから、少し遅れるかもしれないが、まあよかろう」 気心の知れたフラ相手だけに、そんな感じでテキトーに決め、電話を切る。 さて、明日は久しぶりにフラとふたり、曲がり道特捜隊だ。
やがて、美しい残照をさいごに陽が落ちると、あたりは一気に暗く、寒くなってくる。 ヘッドランプを取り出して視界を確保しつつ、俺はコットに寝転がって、呑みながら読書を続けた。言っても標高2000メータ。八月なのに冷え込み方が容赦ない。読書に夢中で気づかなかったのだが、いつの間にか息が白くなってきていた。 「うぉ、息が白れぇじゃんよ。そら寒いわ」 なんつってたら、足元の方で「ポコン」と、プラッチックな音がする。 なんだ? と思って見てみれば。 温度差でペットボトルが凹んだ音だった。 「お、こりゃいかいん。八月に凍死とか、ネタにもならんぞ」 振り分けバッグをゴソゴソ引っかきまわし、シュラフとシュラフカバー、タオルケットを取り出す。それからしばらく考えて、底の方に仕舞っておいた、ダウンジャケットも取り出した。「八月にダウンジャケットを着るハメになるとはなぁ」と苦笑しながら、防寒体制を整える。 フル装備して、「これでよし」とシュラフにもぐり、酒盃を片手に空を見上げれば。 煌々と照る、満月。
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