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2011.08.15 三日目 乗鞍岳〜下呂

―曲がり道特捜隊の受難(前編)―

 

涼しいというより、少し肌寒いほどの朝。

目を覚ました俺は、休みの朝のお約束で瞬間起動し、撤収作業を始める。

今日は県道84号を梓湖まで戻り、野麦街道に乗って、野麦峠を越える。そのあと木曾街道で高山を目指すのだ。その先はフラナガンと合流してから考える。このあたりはフラも詳しいだろうが、昨晩、酒を飲みながら、俺も少しルートを考えておいた。

ま、どうせふたりとも、曲がった道にしか興味はないんだけど。

涼しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、乗鞍岳を下る。

 

太陽さんもやる気マンマンだが、さすがにアサイチ、しかもこの標高だと元気がない。

いや、元気がないくらいでちょうど良いんだけど。

ワインディング三昧で贅沢になってるので、この手の、『道はキレイだけど、そんなに面白くないコーナー』は、走りを捨てて写真を撮ることが多い。

 

空いてるのに長い信号待ちで停められても、面白いほどイライラしない。

それはそれで『写真タイム』だったり、『風景鑑賞タイム』だったりするのだ。

やがて太陽がホンゴシ入れて気合を見せ始める。

雲と言うより、夜露が蒸発した靄(もや)だろうか。

ふわりと気持よさそうに流れてゆく。

 

県道83号線から梓湖の脇をぬけ、26号野麦街道へ入る。

途中、ZZRをアップハンにしたツアラーっぽいヒトと絡んだ。

つっても追いかけっこじゃなく、俺が先に行って写真を撮ってると、その人が抜いてって、写真撮り終わってしばらく走ってると、また追いつくみたいな感じ。アサイチの澄んだ空気と、目の覚める緑に囲まれてるからだろう、お互い、せっついた走りをしない。

なんとものんびりした立ち上がりだ。

川の位置が近いから、これは谷の写真。

野麦峠と言う名前のイメージ的に、ちょっと暗い感じの峠を想像してたのだが、ぜんぜん普通の山間ワインディングだった(あたりまえです)。もちろん歩いて越えようとは一ミリも思わないけど。

 

野麦街道を流していると、視界の隅に影が走った。

あわててカメラを構えて、走りながら撮る。

真ん中ちょい左にいるのが、その影、ニホンザルだ。

「まあ、そらぁ居るよなぁ。これから行く高山にも一匹、タチの悪りいのが待ってるけど」

などとフラのワルクチを言いながら、緑の中を抜けてゆく。

野麦峠に差し掛かるころには、気温もだいぶん上がってきている。

 

が、日陰に入れば充分涼しい。

「このっくれぇだと、ホント気持ちよく走れるなぁ」

ご満悦のかみさん41歳。

 

やがて視界が開け、道がダイナミックに上下し始めた。

写真まんなか左の白い線が、通ってきた道のガードレール。

左右はともかく、上下のダイナミックさが少しは……伝わらねーか。

 

野麦街道を走りぬけ、木曾街道へ入る。

左手に、高根乗鞍湖(たかねのりくらこ)や髭多山(ひげたやま)を臨みながら、今度はアップダウンの少ない周遊ツイストを、リアサスを沈ませて軽快に曲がってゆく。

 

高根乗鞍湖は、明治のころに出来た人造湖だそうだ。

人造でも何でも、眺めはよかったよ。

国道361木曾街道は、山々の間を縫って快走する。

日ノ観ヶ岳(ひのみがたけ)のふもとから、美女街道へ入って山を越え、無事、高山市街へ。

春ツーリングで来たときと同じコンビニへ入る。

クソ暑いので少しでも涼しいところへと、ウラへ回って日陰に停めた。いや、写真で見ると日陰ってほどでもないけど、日中はこんな日陰さえカンペキになくなるからね。早いところフラと合流して、涼しい場所へ行かなくちゃ。そうだ、フラは何時ころ出発したんだろう。

メールを見てみると……

『すみません、寝坊しました。今から出ます。2011.08.15/8:00

「は、はちじ……だと?」

あわてて現在の時刻を確認すると……『8:10』

距離だけなら、俺が乗鞍から高山まで野麦峠経由で110キロ強に対して、フラも金沢から高山まで同じく110キロ強だ。あのバカもどうせ下道グネグネで来るに決まってるから、所要時間も似たようなもんだろう。俺が乗鞍を出たのが6時半だから、ここまで一時間半。

つまりこの段階で、俺は一時間以上のまちぼうけが決定したことになる。

「あンのヤロウ……もう、夏休みの彼方までぶっ飛ばしていいよな、コレは」

俺は苦笑して、肩をすくめた。

 

まあ、あんまし暑かったら、一時間ほどどっかで遊んで来ればいいとして。

この時間を利用して、いろいろチェックしてやろう。

車体は『まだ一年しか乗ってない』とは思えないほど、あちこちヤレてる。が、とりあえずトラブルの種はなさそうだ(太線重要)。ステップもちと削れちゃってるが、基本的にビューエルはそんなバンクさせなくても曲がるから、コレも問題はないだろ……ってそうか。

ステップはともかく、ブーツがダメだ。

左はスライダーが飛んだ上にベースが削れちゃうし、右もだいぶん減っている。

次に買うブーツは、何より先にスライダーベースをつけようと心に誓った。

 

それから、あんまし暑いのでアイスを買う。

『水どう』ファンならコレ一択の、熊本銘菓『白くま』。

残念ながらカップのは売ってなかった。

 

そうこうするうちにも、太陽はガンガン昇ってゆき。

日陰スペースも見る見るなくなってゆく。

「こらぁ、どっか涼しいところに避難かなぁ」と思ってたら、ようやくフラと連絡がついた。こちらの予想通り金沢から下道を走ってきたら、山を抜けるまであと少しのところで、通行止めになってたらしい。電話しながら地図を見てみると、確かに通行止め表示になってる。

「いやぁ、電波は入らないし、オフ車が引き返してくるし、どうしようかと思いましたよ」

「いいからおめぇは地図を買え。あと、今どこにいるんだ?」

「もどって金沢の近くです」

「高速を使え。いいな、高速を使えよ? 俺は出口にある道の駅まで行くから」

つわけで、こちらも道の駅へ移動。

道の駅『ななもり清見』は、高山清見道路(無料区間)の、高山西インター出口にある。

ここで待ちながら、ミクシィでフラのつぶやきに、『コーナー三つで消してやる』などとレスして暇をつぶしたり、次々やってくる単車を眺めて、「お、セローだ。いいなぁ。あ、BMのツアラーじゃん。うっわ、やっぱ細部の仕上げが高級車だなぁ」などと、ひとり鑑賞会。

そんな風にして遊んでたら、

ようやく、フラ公が到着した。

「あんだおめ、ニューマックスかよ。やる気マンマンじゃねぇか」

「赤マックスは入院中なんですよ」

「おめーの単車は、なにやら常にトラブってるなぁ」

ま、俺が言うなって話ではある。

新品タイアを履いて、やる気マンマンのニューマックス。

このフロント周りはちょっと欲しいな。

タバコをつけながら、フラと行き先を考える。三時間遅れなので、元のプランは白紙に戻し、フラが来るまで道の駅で地図を見ながら目星をつけてた道を提案する。するとヤツも、「そこは地元のライダーも好んで走る、面白い道ですよ」とのことで、最初の行き先は決定。

県道73号、『せせらぎ街道』だ。

 

道の駅を出たら、俺が先にたって国道を戻り、県道73号へ入る。

せせらぎ街道は、走り出し(北側)から中高速コーナーが連続する。途中で、テクニカルな場所を挟みつつも、基本的にはアベレージスピードの高い、走りやすいワインディングだ。『地元ライダーが好む』というのもうなずける。

道を楽しみながらミラーを見ると、ち、フラのヤロウ付いて来るじゃねぇか。

後ろのニューマックスは、かつて中間加速でケーロクと張ったようなトルクモンスターだ。

せまっ苦しいトコロならまだしも、この手の道だと暴力的な加速を見せる。前を走る俺は、四苦八苦させられるハメになった。それでも車重が100キロは違うから、突っ込みとコーナリングではこちらに分がある。立ち上がりで詰められ、突っ込みとコーナリングで離し。

途中の狭いセクションで、重い身体に苦労してるマックスを、一気に引き離す。

とは言え、直線に入れば、ドカンと詰められる。

「ぎゃはははっ! ニューマックス速ぇ!」

途中の別れ道で減速すると、フラが前に出て、そのまま道の駅へ入っていった。

道の駅『パスカル清見』で、エンジンと自分のドタマをクールダウン。

「さすがにニューマックスは速ぇな。コーナー三つどころか、直線じゃベタづけだ」

「いやー、やっぱりやれる子ですねぇ、ビューエル。あの曲がりはすごいですよ」

「ニューマックスも充分曲がるじゃねぇか。もう、赤より速い(慣れた)んじゃねーの?」

「赤マックスは前後17インチなんで、コイツに乗り換えるとそこからやり直し(身体を慣らし、乗り方を合わせる)なのが大変ですよ。ジクー(ブレーキパッド)入れたら、ブレーキがすげぇ効くようになったんで、突っ込みの調整も難しいです。バンク角がもう少し欲しいですねぇ」

「フラよ。それは腕だウデ。マシンのせいにしちゃいかん」

「ぎゃはははっ! チクショー! そーなんですけどねぇ」

曲がり道が大好きで、『名物料理も景色も要らないから、とにかく曲がってればシアワセ』つーバカな弟とふたり、単車で曲がり道を走ったあとは、やっぱり単車と曲がりの話。きっと、一生かかっても答えが出ない、難しくて楽しい遊びに、俺たちは今日も夢中だ。

まったくバカだとは思うが、まったくシアワセだ。

 

と。

ぽつぽつ雨が降り始めた。

「あーも、バカフラ! てめぇのせいで雨が降ってきたじゃねぇか!」

「お、俺のせいですか。いや、でも、降られちゃうと、曲がり道が楽しくないですねぇ」

とりあえず喫煙所へ行き、そこで一服しながら雨宿り。ほんの20分くらいだろうか、雨宿りしてると、あっという間に雨が上がる。降ったりやんだりと忙しい天気に、どうしようかと相談して、とりあえず天気が回復するまで温泉でも行こうつー話になった。

俺とフラは、ここから山ひとつ越えた向こうにある、『下呂温泉』へ向かって走り出す。

山越えのワインディングは、ガラガラで走りやすい。

こんだフラが前なので、離されないようにと思っていたのだが、上下左右にうねる狭いワインディングでは200馬力をもてあますのか、直線だけ気をつければ付いていけた。キリキリしないペースで、気持ちよく山を駆け登り、駆け下りる。

にゃははは、楽しいなぁ。

しばらくすると、シールドにぽつぽつ雨が当たりだした。

「ありゃ、こらぁ来るかなぁ……」

つぶやいた矢先、バケツをひっくり返したような雨が降りだす。ところが道はちょうど山間部の後半、離合(りごう:すれ違い)も大変なほど狭い道になっていたので、停まってカッパを着る場所が見つからない。時々現れる狭いトンネルで 着るのは、クルマが来たら邪魔になるし危ない。

「あーも、しかたねぇ。濡れるしかねぇな」

おそらくフラもそう判断したのだろう、雨の中を停まりもせずに走り続ける。

 

やがて雨がやんだ。

通りがかったガソリンスタンドで、大メシ喰らいのV−MAXが給油。

「結構、濡れちゃったなぁ」

「でも停まるところ無かったんですよ」

「ああ、わかってる。しっかし、ブーツん中まで濡れてらぁ」

「温泉までもう少しですから」

水を喰らって、くちゃくちゃ言うブーツに、すっかり気をそがれ。

俺とフラは下呂温泉を目指して走る。

 

後編に続く

 

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