solo run
北北東に進路をとれ
2011.07.18 二日目 白神〜奥入瀬 ―北へ走れ、山の道を(後編)―
『ビーチにしめや』を出たら、目の前の県道28号を西行する。 青看板に、『白神山地』と書いてあったからだ。 世界遺産だと聞けば、やっぱ、ちょっと見てみたいと思うだろう。
美しい山岳の景色を眺めながら、山間のワインディングを走る。 世界遺産に指定された(写真のあたりがそうかは知らんけど)白神山地を、ドコドコと穏やかに走ってると、心の中の雑味というか澱(おり)みたいなモノが、すぅっと抜けてゆくような気がする。いや、世界遺産って言葉に左右されてるだけの、ただの俗心なのかも知れないけど。 そんなコトさえ、どうでもよくなるくらい気分がいい。 ツイストロードを一心に駆け抜けるのも、景色を眺めて心を洗うのも、どちらも楽しい。 クルマで来たって、観光バスに乗ったって、物理的に見えるものは同じ。だけど、実際に見えるだけじゃない、五感の全てを使って感じる何かは、それじゃダメなのだ。他の誰かがどうこうってんじゃなく「俺は」ダメなのだ。具体的な言葉にするのは難しいんだけど…… とにかく、俺は単車じゃなくちゃ嫌なのだ。 そんだけ。
やがて美山湖が見えてくる。 そして、この美山湖を過ぎたあたりから、段々と県道28号の様子がおかしくなってきた。 いや、おかしいってコトはないか。 世界遺産になるような場所なんだから、むしろ当たり前なんだろうが、とにかく道があっという間にしかも劇的に細くなる。舗装は荒れ始め、砂や砂利が浮き、左右だけじゃなく上下にもうねり始める。登るとか下るとかだけじゃなく、本当に上下にうねるのだ。 龍の背中を走るように。
やがて山の中へ続く一車線の細い道になったかと思うと。 ついに舗装が途切れた(ここは写真を撮るために少し広いところ)。 このとき地図を持っていれば、「頑張って日本海側へ出てみようか」と思ったかもしれない。 だが、人気(ひとけ)の無い山中のダート、それも先がまったくわからないまま進んだ先で。
「あと42キロダートを走れ」と言われた午後一時。 「すいません、戻ります」とばかりにあっさり引き返す、根性なしの41歳。そんなヘタレっぷりの罰だろうか、このあともアチコチのわき道やダートに入り込み、Uターンを繰り返す。どっかの誰かさんは、「Uターンしない」とか言ってなかったっけ? 美山湖まで戻ってきた時は、だいぶヘロヘロだった。 そして、この写真を撮り、さらにもう一枚を撮ろうとした瞬間、カメラがソッポを向く。 「SDカードの容量がありません」 1GBのカードしか入れてなかったのに、撮影サイズが大きいままだった。「こらぁ、とりあえず戻って街に出よう。そんで、SDカードとツーリングマップル……ああそうだ。もし買えるようなら、キャンプベッドも買っちまおう」と、ここで突然、買い出し大会が決定する。 そうと決まれば、街まで一気に走ろうか。
すっ飛ばして弘前まで戻るが、観光地観光地してて普通の店が見当たらない。 「五所川原……いや、青森市なら間違いないだろう」 つわけで7号線をキョロキョロしながら北上し、途中で まずはツタヤを発見。 ところがツーリングマップルが見当たらない。 いや、あるにはあるんだが、関東版なら持ってるから要らないっつー話だ。しばらく探して見つからないので、店の人に聞こうと思ってレジへ向かうと、ちょっとズレたところにツーリングマップル『R』が売ってた。しばらく逡巡してから(Rは1100円ほど高い)、R東北を買い込む。 レジでおねぇさんに、「ココってSDカードは売ってますか?」と聞いたら、ココには無いとのこと。 仕方ないので、青森市内へ入ってから、携帯で電気屋とアウトドアショップを探す。すると、さすがに大都市だけあって、いくつか候補がヒットした。場所を確認して、まずは近い方のスポーツショップから行ってみることにしよう。 五分も走らずに、タケダスポーツに到着。 ところがこのタケダスポーツ、スポーツ用品店なのだ(あたりまえです)。 陳列商品の半分以上が野球用品で、あとはそれ以外のスポーツ。そして店の隅っこの方に、申し訳程度ならべてある、アウトドアグッズ。キャンプイスが数脚だけで、当然のように、キャンプベッドなんざ売っちゃいない。 ならば、次の店に行ってみよう。
こちらはショッピングモールで、電気屋もアウトドアショップも両方あった。 電気屋で無事にSDカードを購入し、その足でアウトドアショップへ行くと、当然といえば当然だが、クルマに積む前提のモノしか置いてない。コット(キャンプベッド)もあるにはあったが、仕舞寸法がバカみたいにデカく、単車に積んで走るのは無理っぽい。 それじゃあと、300円だけ買い物して、ショップを後にした。 そう、キャンパーみんなの味方、野宿マン最後の砦、『銀マット』(約300円)だ。 遠い青森の地で古い友人に再会したような気持ちになった俺は、銀マットをなでつつニヤニヤ。ハタからみたらカンペキに変質者だ。それでも今後のルート(地図)、旅の記録(SDカード)、そして寝るとこ(銀マット)のすべてに憂いがなくなった俺は、意気揚々と走り出す。 このとき、時刻は夕方の五時前。 そろそろ俺の『アルコールタイマー』が鳴り始めてる(まるっきりアル中です)。
ショッピングモールを後にして、国道103号線を南下する。 さっきまでの曇り空がウソのような、気持ちのいい晴天の下。 『十和田ゴールドライン』と名づけられた快走路を、右に左に舞い踊る。 ワインディングをゴキゲンですっ飛ばした先に、展望所が見えてきた。 『岩木山展望所』と言う名前だが、もちろん、ココは岩木山じゃない。 さっき白神へ行く前に、さんざん麓(ふもと)を走った岩木山が、ココからよく見えるので、そう言う名前なのだ。場所自体は、八甲田山の北西側になるのかな。遠くに岩城山を眺めながら一服したら、それじゃあ十和田湖あたりまで走ろうか。 八甲田の山々を正面に見ながら、まっつぐ行きますってぇと。 やがて道は森の中へ入ってゆく。 国道103号は八甲田を北と南に切り分けながら進む、むちゃくちゃ気持ちいい道だ。 今回のツーリングで色んなワインディングを走ったけど、ピカイチつっても良いんじゃねぇかな。 こんな風に、両脇を森林に挟まれながらも見通しのいい場所と、思いっきり山の中のちょっと荒れたワインディングとがある。でも、荒れてアップダウンのきつい場所は少しで、ほとんどはこんな風に走りやすい。『ツナギを着た地元』数台にすれ違うといえば伝わるだろうか。 休日はきっと、もう少し混んでるだろうが、今日はさすがにガラガラだ。
「やっべー! 気持ちいいー! みんなと走りてぇなぁ」 晴天とワインディングに顔をくしゃくしゃにしつつ、103を駆け抜け。 奥入瀬(おいらせ)渓谷の手前に出たところで給油。このまま奥入瀬を抜けて、十和田湖を一周しちゃいたいところだが、時間もアレなので、国道102号を東に折れて進む。途中のコンビニで酒を買い込んだら、そのまま東へ進んで、道の駅『奥入瀬』にすべりこむ。 走りのあとのお楽しみ、飲んだくれタイムだ。 駐車場から少し高くなったところに施設があり、その段差の部分が芝生になっている。 であるなら、今日の宿はこの芝生の上しかないだろう。 最悪、虫やなんかの攻撃で、どうしてもしんどかったら…… このベンチで寝ればいいや。 そう決めて荷物を広げ、トイレを済ませたら。 さぁ、今夜も呑んだくれようじゃないか。 普段は、「薄い」と感じるバドワイザーも、クソ暑い野外だと断然ウマい。 と、向こうの方からゴロゴロと音を立てて、珍客がやってきた。 ふたりの子供たちが、『バイクチックなゴロゴロ』に乗って通り過ぎつつ、俺をガン見している。面白くなって手を振ったら、ひとりは恥ずかしそうに手を振りかえし、ひとりはキャッキャと笑って加速した。明らかに不審者を見る目だった両親も、笑って会釈を返してくれる。 いや、まあ、客観的にみて不審者なのは確かなんだけれども。 なんか穏やかな気持になって、俺は笑顔のままビールを干した。
やがて陽が落ち、車中泊のヒト以外、人気(ひとけ)がなくなる。 「これがキャンプベッドだったら、少なくとも地べたの虫は気にしないで済んだんだがなぁ」 と、詮無いことをつぶやきながら、左手で酒盃を傾けつつ、右手でマットの上に上ってきたアリンコやそのほかの虫を爪弾(つまはじ)く。いくら喰われようが痒かろうが、つぶして殺す気になれないのだ。「寄ってきてくれるなよ」との思いを込めて、蚊取り線香を焚く。 匂いで寄ってこなくなれば、お互いに都合がいいのだが。 アイツらも商売だからなぁ(本能です)。
しこたまビールを飲んで、トイレに行った帰り。 駐車場へ下る階段の途中に、男がひとり座っていた。 片手に缶ビールを持っているから、駐車場に泊るお仲間だろう。缶を傾けて酒を呑もうとしたが、中身がカラになっていたようだ。軽くため息をついて、カラの缶を振っている。こっちもかなりゴキゲンになってるので、『酒のないつらさ』は痛いほどわかる。 あまりに可哀想なので、声をかけてみた(大げさです)。 「お酒ないの?」 「は?」 「お酒、ないんなら分けようか? 焼酎かビールでよければ」 つーと、オッサンはニカっと笑って、首を横に振った。 「大丈夫、向こう(クルマの方を指しながら)にはまだ、たくさんあるから」 「あ、そうなんだ。そりゃよかった。酒がないのは寂しいもんねぇ」 「あはははは、そうだねぇ」 「んじゃ、おやすみなさーい!」 「おやすみなさい」
そんなやり取りさえ、なんだかやけに嬉しくて。 俺はやっぱり笑顔のまま、酒を片手にごろりと横になった。 心地よい夜風が、頬をなでていった。
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