solo run

ゴールド・エクスペリエンス

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2011.05.01 二日目

―静かな夜―

 

ぴちっ、ぴちぴちっ、ぴちぴちぴち……

顔に当たるモノを「雨だ」と認識するや否や、俺は目を覚ました。時刻は朝の3時半。四時間ほど眠った計算になる。むくりと身体を起こして周りを見れば、雨足は更に強くなっている。間借りしているテントの下も、乾いたスペースはほとんど失われていた。

強い風で、雨が斜めに吹き込んでいるのだ。

「こらぁひどい。シュラフ、濡れちゃったかな」

と確認してみると、濡れちゃったどころじゃなかった。シュラフカバー持ってこなかったことを、痛烈に後悔しながら、とりあえず濡れたままのシュラフをスタッフバッグに仕舞う。その流れで一気に荷物を積み込み、濡れた銀マットを丸めて挟み込んだら、真っ暗な中を走り出す。

濡れたシュラフにもぐってるよりは、雨でも走ってる方がマシだ。

 

深夜の山間部に、しとしと雨が降る。

「睡眠が少ないし、視界も悪い。まずは高速に乗ろう」

国道304号を西行していると、だんだんとあたりが明るくなってきた。

「おぉ、もうすぐ夜が明けるな」

面白いもので、視界が良くなることや気温が上がることより、太陽そのものが嬉しい。もちろん実際には雲が厚くて太陽が見えるわけじゃないのだが、とにかく明るくなることで気が楽になった。ワインディングをゆく速度も上がり、距離が一気に詰められる。

金沢森本インターから北陸道に乗って、ほっと一息。

対向車や歩行者に神経を使わずに、『濡れた路面で100キロ巡航できる』という、高速道路のありがたみを噛み締めながら、夜明けの北陸道を海に沿って流していると、明け方の空とアスファルトが見せる紫がかった不思議な色合いが、わけもなく胸を打つ。

「あぁ、綺麗だなぁ……」

 

それにしても、寒さがだいぶん染み込んで来ている。

尼御前サービスエリアに入って、朝食をとることにしよう。

 

牛丼とラーメンのセット。

名物性のカケラもない朝飯だが、冷え切った身体が暖を取るにはもってこい。ラーメンが染み入るほど美味かった。完食して両手を合わせると、気力が満ちてくるのがわかる。「なるほど、補給は大切なんだなぁ」と、軍記モノにカブれた頭でうなずいた。

次に書く予定の小説では、補給部隊の描写に力を入れると心に誓う。

軍記モノ書くとか決めてないけど。

 

メシ喰って元気が出たら、さて、どうしようか。

昨日の夜、呑んだくれながら漠然と、「鳥取の方に行ってみよう」と思っていたのだが、天気予報を調べてみると、どうやらカンペキに雨のようだ。それじゃあ雨の降ってない地域は、と探してみると、関西の方ならどうやら大丈夫そう。んじゃ、四国にでも行ってみるか。

「自覚はないけど睡眠不足のはずだから、無理せず眠くなったら寝よう」

精神的マージンをたっぷり取って、ちょいちょい休憩を入れながら走る。

持ってきたシガーソケット充電器がイカれてたので、ここで乾電池の携帯充電器と、シガーソケットのUSB充電器を買った。パーキングの名前は忘れた。んで、休憩もソコソコに北陸道を南下し、琵琶湖の脇から名神高速に乗る。

「なはは、このまま琵琶湖で降りたら、さすがに早すぎるな。ネタ的には面白いけど」

一瞬、アタマを掠めた、「このままアサッテまで琵琶湖でキャンプ」と言うプランを笑い飛ばし。

草津PAに到着。

 

給油と一服を済ませて、名神高速を走りだし……現れたミドリ看板に気を取られる。

「そういや、京滋バイパスって走ったことないよな?」

ならば走ってみたいのが、かみの特性であり心の声だ。心の声に逆らわないのが俺の生き方だ。などと気張って考えたわけではもちろんなく、「走ったことないよな」の「よな」くらいでもう、京滋バイパスの分岐にフロントタイアを向けていた。

ビバ、脊髄反射ツーリング。

 

分岐に飛び込んだ時点では、まだ、四国に行くつもりだったのだが。

地図もなく携帯で確認もせず、看板に出る大阪の地名を眺めながら、ただボケっと走ってるうち、すごくステキなことに気づいた。いつも長休みして走りまくってるから勘違いしてたが、今日は日曜日じゃないか。平日じゃないということは、アイツが家に居るかもしれない。

ユリシーズは流れるように、阪和道方面へ向かった。

霧が出ようが何が出ようが、「ダチに会いに行く」と決めた俺は止められない。

俺はすっ飛ばしたり曲がったりが大好きで、単車で気持ちよく走るというコトに執着しているのだが、その『気持ちよく走る』方法のひとつに、『単車に乗ってダチに会いにゆく』と言うのがある。操作する気持ちよさとは対極の、でも同じくらい大事な、俺の単車に乗る理由だ。

俺は大阪のダチ、魂の弟、ムラタに会うために高速を駆ける。

 

雨はすっかり上がっている。

阪和道を駆け抜け、お約束どおりムラタ家のひとつ手前のインターで降りてしまった俺は、野生の勘を頼りに走り出す。う〜ん、三ケタ国道じゃなかった気がする。いや、東へ向かうのはおかしいだろう。などとカンペキな脳内情報を元に駆けまわり。

バキッっと道に迷う。

適当なコンビニに滑り込んで、携帯で現在地を確認したら。

「もしもし、どうしたんスか、かみさ……」

「おめ、今日ヒマか?」

「ヒマすけど……」

「今よ、近くまで来てんだけど、イッコ手前で降りちゃったんだよ」

「ぎゃははは! なにしてんだあんた!」

てなわけで、そのあと紆余曲折しつつも。

無事、ムラタと合流できた。

 

ヤツの先導で、9ヶ月ぶりか? ムラタ家におじゃまする。

すると、前回は眠ってて話せなかった、ムラタの愛息KZTが、満面の笑みで迎えてくれた。

とりあえず異常なまでの人懐っこさにビックリ。

「気をつけないと速攻で誘拐されっぞ、この子」などと要らん心配をしつつ、「こんにちはー! かみだよー!」とアイサツしてると、奥からムラタの愛妻、ミサトちゃん(仮名)が、ニッコリと笑って、「いらっしゃい」と迎えてくれた。

朝つーか夜中の3時半から走ってるので、この段階でまだ朝の9時。

親子水入らずで幸せに暮らしてる家庭に、日曜日の早朝から現れたのは、前日から延々と単車をまたいでフラフラしつつ、雨に濡れ泥にまみれた薄汚いダメ人間。そしてもちろん、約束、予告、ミヤゲ、まったくビタイチ何もなし

普通なら叩き出されてもおかしくない状況だ。

しかし、そこはムラタと言うダメ人間を旦那に選んだミサトちゃん。

この傍若無人な訪問者への対応が、ハンパじゃなかった。一応、それなりに恐縮しつつ、「ホント朝っぱらからごめんねー」などとワビともいえないワビを入れてる俺に対してミサトちゃんは、もんすげ当たり前っぽい顔で、夢のような選択肢を突きつける。

「かみさん、お茶にします? ビールにします?

なにこの神対応(上手いこと言えてません)。

 

もちろん心の中では、「ビールで!」と即答していたが、さすがに一瞬、躊躇する。

「や、朝っぱらから呑んじゃうってのも……いや、まあ、今日はウエットで走りに行けないから、それは構わないんだけど……えーと、いちおう日曜の朝っぱらだし、突然やってきて、いきなりビール引っ掛けてるってのもアレつーか……いやぁ、いいの? 悪いねぇ」

するとムラタが、

「かみさん、泊まってくんでしょ?」

こちらも、さも当たり前のように聞いてくるので、これにもまた、「え、や……いいか?」と、思いっきりキョドりながらうなずく。すかさずミサトちゃんが立ち上がりながら、ビールを出してきてくれた。ここまでしてもらって、いつまでも遠慮してるのは俺の流儀じゃないことに、ようやく気づく。

「おぉ、ありがとう! んじゃ、遠慮なく!」

俺は喜色満面で、どっかりと腰を落ち着けた。

でもミサトちゃん、俺を甘やかしすぎ。

 

朝から襲撃されて笑ってる、ダメ人間ムラタ。

普段なら遠くから来てるって意味でわからなくもないけど、俺たち、この二日後には琵琶湖で会う約束してたんだぜ? それなのに行く方も行く方だが、笑って迎える方も迎える方だろう。もっとも、俺は会いたいから行ったんだし、ムラタはうれしいから笑ってくれたわけで。

俺たちにはそれで充分なのも、また間違いない事実なんだけど。

 

ビール引っ掛けながら、しばらくバカ話したあと、昼飯を食いに出ようって話になる。

最初はミサトちゃん置いてくのもアレだから、「なんか出前でも取ろうぜ、俺が出すからさ」なんて話してたんだが、よさ気な出前がないとのこと。で、結局、俺とムラタで喰いに出かけ、ミサトちゃんには何か買って帰るという話に落ち着いた。

ムラタの車に乗っかって、出かけた先は。

カフェ、空冷四(くれよん)。

俺のレポなんて読んでる人間なら、余計な説明は要らないだろう。店名と停まってる単車だけで、どんな感じの店か、だいたい想像付くはずだ。俺は店を見た瞬間、苦笑しながら、「水冷四発と空冷Vツインが来ていいのか?」と突っ込む。

ムラタはZ1を見てて、聞いてなかったけど。

 

店に入ると、ほぼ想像通りの店内だった。

奥に掛かってるのは、Zのパーツ。

古いロックンロールと、バイクのパーツが所狭しと並べられた、カミナリが好きそうな店だ。

もちろん、キリンも置いてあったよ。

俺はミックスフライ、ムラタはカレーを喰った。

店の女の人が、ウルトラ無愛想だと思ったのだが、食い終わったあと話しかけてきたところを見ると、タイミング的な問題だったのかもしれない。つーか単車で来てたら、また対応が違ったのかもしれないね。もっとも、空冷四発の話とかされても、いまひとつわからんけど。

水冷四発、空冷Vツインの話なら、ナンボでもするんだけどなぁ。

あと、おっぱいの話も。

 

飯を食って店を出ると、どうやら社用車らしき機体に注目。

申し訳ないが俺は、Z1よりもこっちの方が気になった。

「これ、ぜってー原付じゃねぇよな」

「車幅的にダメでしょうねー」

などと笑ったら、ミサトちゃんの昼飯を買って、ムラタ家に戻る。

 

帰ってケーブルTVでMOTO-GPを見ながら、ムラタとバカ話したり、KZTやミサトちゃんと話したりしつつ、楽しい時間を過ごす。が、睡眠不足でいいだけ走った上に、朝からビールを引っ掛けたりしてたのが原因だろう、俺の電池がここで急に切れる。

眠いと思った記憶さえなく、いつの間にかオチてた。

起きると陽が暮れていたので、「おー悪りぃ寝ちった」「あんまし寝てないし、疲れてたんでしょうね」「ま、とりあえず呑もうぜ」「呑みますか」てなわけで、ムラタも杯(さかずき)を傾け始めた。単車の話、ダチの話、GSX−Rにビューエルに、話すことは幾らでもある。

やがて夜も更け、KZTがグズりながらも寝オチした。

ミサトちゃんが寝かしつけてるのを潮に、俺とムラタは別室へ移動して、もう少し呑もうか。

つってもだいぶん呑み疲れていた俺は、酒と一緒にお茶を持ってきて、もっぱらお茶の方を呑んでることが多かったんだけど。ムラタの方もだいぶん酔いが回ってきて、半分目を閉じながらも、単車の話が止まらない。俺もバカだけど、コイツもたいがいだよなぁ。

「おめ、明日仕事だろ?」

「行きたくねーなー!」

「ぎゃははは! ま、アサッテには琵琶湖で宴会だ。がんばって働け。俺は明日も曲がるけど」

「くっそー! いいなー!」

俺は嬉しくなって、ニヤニヤしながら酒とお茶を飲み続ける。

大阪の弟と過ごす静かな夜は、こうして穏やかに過ぎていった。

 

明けて翌朝。

起きて歯を磨いてると、ムラタとミサトちゃんも起きてきた。

「おあよー!」

と挨拶を交わしたら、ムラタは仕事へ、俺はツイストへ。

突然の訪問にも関わらず、気持ちよく迎えてくれたムラタに片手を挙げ。

「んじゃ、琵琶湖でな!」

お互いの単車をまたいで、俺たちは反対方向に走り出した。

 

三日目に続く

 

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